「使うぐらいなら死ぬ」と話す映画監督も… “AI女優“がハリウッドを席巻する日は来ない3つの理由

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 今年9月、AI企業「Particle 6 Productions」によって発表された世界初の「AI女優」が波紋を広げている。「歳を取らず、怪我をせず、文句も言わず、お金もかからない」、そんな“AI俳優”がハリウッドの常識となる日が来るのだろうか。L.A.在住の映画ジャーナリスト・猿渡由紀氏のレポートをお届けする。

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“AI女優”の登場に役者たちが騒然

 AIの登場が、ハリウッドを不安に陥れている。

 生成AIを巡る問題は2023年の俳優と脚本家のダブルストライキでも争点のひとつだった。そして労使交渉がなんとかまとまっても、この問題に関しては中途半端な感が残っていた。

 そんなところへ、先日「ティリー・ノーウッド」という名のAIの“女優”の製作者が、「タレントエージェントが契約に興味を示している」と発言すると、役者たちを中心に業界は騒然となったのだ。歳を取らず、怪我をせず、文句も言わず、お金もかからない“AI俳優”が実際にキャスティングされるようになれば、役者という職業の将来は悲惨なものとなる。

 戦々恐々としているのは、彼らをキャスティングする側の人々も同じだ。オンラインショッピングなどでAIによる「提案」を見るのが普通になってきた今、映画やドラマの出演者に対してAIが「この俳優はどうですか」と候補を出す日が来ても、おかしくはない。

 ギリシャのテサロニキ映画祭で行われたパネルディスカッションの中で、あるベテランのキャスティング・ディレクターは、AIは事務的な作業を効率化する上では有意義だとしつつ、

「キャスティングは映画監督、(テレビや配信ドラマの)ショーランナー、ストーリーと密にかかわりながら行っていくもの。AIの提案を聞くという簡単なものではない」

 と語った。別のキャスティング・ディレクターも、

「キャスティング・ディレクターの仕事はAIで済ませられると思うプロデューサーもいるかもしれないが、その人は背後にある知識、数字で示せない仕事量についてわかっていない」

 と述べている。

アカデミー賞が「キャスティング部門」を新設した意味

 実際、キャスティング・ディレクターは、監督にとっても俳優にとっても非常に重要な存在だ。ウディ・アレンは「いつも自分がまるで知らなかった役者さんを教えてくれる」と贔屓のキャスティング・ディレクターを絶賛していたし、女優のミシェル・モナハンも「何度もオーディションに行って落とされているうちに、私の顔を覚えたキャスティング・ディレクターが『そろそろ可哀想だからこの役くらいあげようか』と同情してくれたみたい」と、笑いながら駆け出し時代を振り返ったことがある。

 半分冗談だろうが、実際、ほかの女優からも、オーディションで落とされる中で顔馴染みになったキャスティング・ディレクターから、「実はこういうプロジェクトがあるのだけれど」と声をかけてもらったという話は聞く。

「あの役には向いていなかったけれど、何か光るものがある」と記憶にとどめていたキャスティング・ディレクターが、「これだ」と思うものを見て声をかけてくれるというのは、人のつながり、そして役者の可能性を見る目があってこそだ。

 それは、映画の作り手にはしっかりわかっている。アカデミー賞がついに「キャスティング部門」を新設したのも、その表れだろう。つまり、今後も人間のキャスティング・ディレクターがAIの俳優をキャスティングすることはないだろうから、そういう意味では役者という職業も当分は大丈夫だろうと思われる。

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