彼女に「会社を辞める」と告げたらフラれた…誰もが気軽に“退職”する時代に「氷河期世代」のホロ苦い退職エピソードを振り返ってみたい

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雇用の流動化がなかった時代

 かくしてその年度が終わる2001年3月31日をもって私は退社し、無職になった。彼女も大学を卒業し、会社員になった。フリーという名のほぼ無職の私の2001年度の年収は60万円という惨憺たるものだった。とはいっても、サラリーマン時代の蓄えがあったため、生きてはいけたが、モヤモヤしたのは11月以来連絡を取っていない彼女のことである。電話をかけても出てくれないので、もう会うのは諦めた。ただ、携帯電話の電話帳からは消さなかった。

 その5年後、風の噂で彼女が結婚したことを聞いた。こちらとしてはおめでとう、と言いたい気持ちはあったが、連絡は控えた。すると、彼女の結婚から数ヶ月後、突然彼女の方から電話が来た。

「元気~?」

 と私は呑気に言った。彼女は全面的に私を拒絶しているわけではないことが分かり、安堵したのである。そこで彼女は結婚したこと、そして一度会って色々話したい、と言った。それは嬉しいことなので、日程を決め、東京・池尻大橋のバーで二人で会ったのだが、開口一番こう言われた。

「私、あなたに負けたと思いました」

 意味が分からなかったのだが、電話が来た時にすぐに出て「元気~?」と呑気に言ったことに敗北感を覚えたのだという。「私は安定した職業を持つあなたがそれを捨てると宣言したからフッたようなものなのに、今でもあなたは仕事をして生きている。私からの電話に動揺しない時点で負けたと思った」と語った。

 そして、「なんで! 会社辞めたら今よりもヘンな人になるじゃん!」発言の真意を聞いたところ、本心ではなく、27歳の男が仕事を失うことになることへの危機感からショックを受け、つい口に出してしまったのだという。本当は「今は大変な時代だからせっかくの正社員の仕事は辞めないで!」と言いたかったようなのだ。

 それだけ当時は雇用の流動化が起きていなかったのだ。そもそも正社員になることが至難の業で、一度入った会社を辞めるとはもってのほか、それも大手企業であれば尚のこと、という価値観である。幸いなことに私は52歳の今、生活は成り立っているし、彼女も2人のお子さんを育て、弁護士として活躍をしている(いつの間にか弁護士資格を取っていた!)。

 恐らく2025年に私達があの年齢だったらあそこまで彼女は動揺しなかっただろう。何しろ若者は売り手市場なのだから。現在、氷河期世代は不遇の象徴的な扱いをされているが、あの時の彼女の発言は当時の就職事情をよく表していたのだと今は感じている。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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