【べらぼう】「くっきー!」演じる衝撃の変人「葛飾北斎」 史実に残るドラマ超の変人伝説

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描きたいようにしか描かない

 これだけ独善的だったので、トラブルも少なくなかったようだ。天邪鬼といえばいいのだろうか。一般に絵師が読本の挿絵を書く場合、作者がイメージを下絵に書き、絵師がそれを挿絵に仕上げるのが一般的だった。ところが北斎は下絵を、自分が描きたいようにアレンジしてしまうことがあった。たとえば、登場人物は三味線を弾いていなければいけないのに、勝手に楽器を胡弓にしてしまったりする。

 だが、前述のように北斎とたびたびタッグを組んできた曲亭馬琴は、そういう北斎の性格を熟知していた。そこで、たとえば、あらかじめ右にいるべき人物を左に、左にいるべき人物を右に描いた下絵を渡すなど、「対策」を講じていた旨を手紙に書き遺している。

『べらぼう』の第40回で派手にケンカしたこの2人は、私生活でも親しくしつつ、ケンカも多かったようで、しまいには仲違いしてしまう。それにあたっては、次のような逸話が残されている。『占夢南柯後記(ゆめあわせなんかこうき)』という読本で、馬琴が草履を口にくわえている下絵を描いた。これに北斎が反発し「だれが草履なんかくわえられるか。そこまでいうならお前がくわえてみろ」といったものだから、大ゲンカになって絶交してしまったというのである。

 とにかく自分の価値観に合ったものしか認めなかった北斎。周囲にとっては厄介な人物だったに違いないが、絵に対するこれだけのこだわりがあればこそ、傑作を遺せたのかもしれない。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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