中国にこびまくり、アメリカを怒らせ、「クジラ肉は大嫌い」と言い放ち……「政権交代の悪夢」が教える外交音痴の罪

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ネクスト外務大臣は

 玉木雄一郎氏に首相になってほしい―ーそんな形での政権交代を願っていた熱心な支持者にとって高市政権発足は歓迎できないものであろう。

 しかしそもそもこの間、野党連合が実現して玉木氏になった場合、財務大臣や外務大臣といった要職に誰が就くのか、あるいは誰なら務まるのかという点はほとんど見過ごされてきたのではないだろうか。

 立憲民主党が発表している「ネクストキャビネット(次の内閣)」によれば、「ネクスト財務・金融大臣」は稲富修二衆議院議員(4期目)で、「ネクスト外務・拉致問題担当大臣」は源馬謙太郎衆議院議員(3期目)。知名度と実力は比例しないにしても、一般的には失礼ながら無名の存在である。居並ぶ「ネクスト大臣」の中で野田代表を除いて知名度が高いのは「ネクスト厚生労働大臣」の小西洋之参議院議員(3期目)あたりだろうか。

 玉木氏が煮え切らなかったのには、このあたりの人材への不安もあるのかもしれない。玉木氏の初当選は2009年。彼の所属する民主党が政権交代を果たした選挙である。この政権が、数多くの問題を抱えたまま発足し、内部から瓦解する様を目の当たりにしたのだから用心するのは自然なことである。
 
 この時の政権交代についての評価はさまざまで「悪夢」と評する向きもいれば、それなりの意義を説くものもいる。しかしこと外交に関しては評価する声は極めて少ない。それは鳩山由紀夫首相(当時)に代表される、常識外の外交がまかり通っていたからだ。
 
 沖縄の普天間基地をめぐる混乱は有名だが、非常識はそれだけではない。当時の貴重なドキュメント、『政権交代の悪夢』(阿比留瑠比・著)をもとに振り返ってみよう(以下、同書より抜粋・引用、文中敬称略)。
 
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相手にあわせてしまう

 公表はされなかったが、会談した相手につい調子を合わせる癖のある鳩山の対中姿勢を示すエピソードがある。筆者の取材では、鳩山は(2009年)10月10日に北京で行った中国の首相、温家宝との会談で、早速、問題発言をしでかしていた。
  
 日中が共同開発で合意している東シナ海の「白樺(中国名・春暁)」ガス田について、条約締結交渉などの日中協議の先送りを容認したととられることを口走ったのだ。
  
「お互い協力して採掘することで東シナ海を『友好の海』にしていきたい。(2008年6月の)日中合意に基づいてしっかり対処していこう」
  
 鳩山はこう述べ、中国側が日本が資本参加するはずの「白樺」で単独開発の再開ともとれる動きを見せていることに懸念を表明し、早期の日中協議再開を促した。
  
 ここまではいい。ところが、これに対し温が「(合意は日本への譲歩だと反発する)国民的な感情の問題もある。『急がば回れ』という言葉もある」と先送りを望む考えを示すと、鳩山はこう同調してしまった。

「その通りです。まさに『急がば回れ』です」
  
 中国の首脳陣は互いの顔を見合わせ、大喜びだったという。これほど与(くみ)しやすい日本の首相を迎えたのは、初めてだったのかもしれない。

靖国のことは頭から消し去ってほしい

 さらに、会談で温が歴史問題を持ち出すと、鳩山は自分から鳩山内閣の閣僚は靖国神社に一切参拝しないと強調し、こう述べて中国に迎合した。

「靖国のことは頭から消し去ってほしい」

 日中関係では、何か問題が起きるごとに中国側が歴史カードを持ち出し、日本側が譲歩するというパターンが繰り返されてきた。それを、元首相の小泉純一郎が在任中に6度の靖国参拝を実行することで「もう歴史カードは通用しない」とのメッセージを送り、中国側も歴史問題を振りかざすことはあまりなくなっていた経緯がある。

 ようやく普通の2国間関係へと正常化しつつあった日中関係は、鳩山の対応で元の木阿弥となってしまった。しかも鳩山は野党時代には8月15日に靖国に参拝し、「日本人として当然です」と語ったこともあるのだ。

私はクジラ肉が嫌いだ

 日中関係だけではない。外交好きの鳩山の外交音痴ぶりは、安全保障問題や歴史問題以外の場面でもいかんなく発揮された。
 
 これも公表されなかったが、反捕鯨国であるオランダの首相、バルケネンデ(当時)が10月26日に首相官邸を訪れた際のことだ。鳩山がまたしても相手に迎合し、こんないわずもがなのことを述べていたことが判明した。

「私は、クジラ肉は大嫌いだ」

 当時、米環境保護団体「シー・シェパード」がオランダ船籍の抗議船を使い、日本の調査捕鯨船の活動を妨害していた。

この年、平成21(2009)年は和歌山県太地町のイルカ漁を批判したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が米サンダンス映画祭で観客賞を受賞し、世界的に話題になっていた。鳩山の発言は、下手をするとこうした反捕鯨活動を後押ししかねなかった。

日米関係は最悪に

(沖縄の普天間基地移設問題が混迷を極めていた2009年末)政府はこのころ米国側に、12月18日にデンマークで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)の場で、鳩山とオバマ(アメリカ大統領・当時)の会談をセットしたいと申し込んでいたが断られた。結局、こんなありさまだ。

「『元気かい』というぐらいの話と、簡単な会話はあった」

 鳩山は後に記者団にこう語った。鳩山の鈍感さはほとんど犯罪的だった。徒労感に襲われたある防衛省幹部はさじを投げた。

「とにかく政治主導なの! 国民の圧倒的支持がある政権だからいいんじゃないの?」

 また、外務省幹部の1人は、対米交渉の席でこんなやけくそ気味のジョークを飛ばしたことを明かした。

「わが国は非武装中立の社会主義政権です」

 別の外交官からは、「宇宙人」と仇名(あだな)される鳩山の言動について日米外交当局者同士では「スペース・イシュー(宇宙問題)」で通じるとも聞いた。

 多くの国民が、テレビが連日大きく取り上げた行政刷新会議の「仕分け劇場」などで目くらましをされている間に、日本の外交・安保はどんどん蝕まれていった。

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 問題は鳩山氏一人ではなかった。同書では、小沢一郎氏が中国を「人類史的なパートナー」と持ち上げた挙句、天皇陛下と習近平国家副主席(当時)との会見をゴリ押し的に進めた経緯も詳述されている。

 継続性が重要な外交政策において、鳩山氏らの非常識外交がいかに深刻だったか、数々のエピソードは教えてくれている。

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