44歳夫が応じた「叶えてはいけなかった」不倫相手のお願い “死んでやる”がうっとうしくなった頃には遅かった

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「実家に帰るかも」と聞いて、自分の本音に気づいた

 その日を境に、莉紗さんは「いつ離婚してくれるの?」と言うようになった。宣之さんも、あれは嘘だったとは言えなくなっていた。近いうち話すよと言い続ける日々が続いたが、つきあい出して1年たったころ、莉紗さんの父の訃報を聞いた。

「莉紗から電話をもらいました。『おとうさんが生きているうちに、あなたと結婚したかった』と泣きながら言う彼女に、かける言葉も見つからなかった。その時点で、ようやく僕は覚醒したんですよ。この関係は続けてはいけないと。遅すぎましたが……」

 忌引きが終わって仕事に復帰した莉紗さんは、「私、実家に帰るかもしれない」とつぶやいた。宣之さんはその言葉にも何も返せなかった。莉紗さんが期待したのは「そんなこと言うなよ、もうじき離婚が成立するから」という内容だったに違いない。だが宣之さんの本音は、「それならそれでいい。いや、むしろありがたい」というものだった。

「今から死ぬから」

 莉紗さんは何かを察したのだろう。その日は食事だけして帰っていった。そして翌日、週末だったため宣之さんが家でのんびりしていると、夜になって莉紗さんから電話がかかってきた。

「仕事の電話のふりをしながら出ると『今から死ぬから』と莉紗が言ったんです。リビングを出ながらその言葉を聞いて、思わず携帯を取り落としてしまった。あわてて拾って『どこにいるんだ』と聞いても彼女は答えない。『家にいるのか? 今すぐ行くから』と言って、電話を切りました。妻には『仕事のトラブルがあって会社に行ってくる』と伝えて寝室で着替えていると、友梨佳が入ってきて『莉紗は死なないわよ』って。『あなたがあんな女にひっかかるとはね』と続けて言った。『あの子は前も不倫で問題を起こしているの。あなた、知らなかったの?』って。ちょっと小バカにした言い方だったのでムッとして、それでも僕は出かけました」

 莉紗さんの部屋についてチャイムを鳴らすと、泣きはらしたような顔の莉紗さんが出てきた。本当に死のうと思ったの、死のうとしたのと彼にむしゃぶりついてくる。その華奢な体を抱きしめながら、「離婚するから」と彼も泣いた。

 彼はいったん自宅に戻り、身の回りのものやスーツを数着、キャリーケースに詰めた。友梨佳さんはそれを見ながら、「自分の立場を考えてよ」と言った。

宣之さんのその後

 それが2年前のことで、娘は12歳、双子の息子たちは9歳になっていた。自分が家族を捨てるという意識はなかった。ただ、そのときは何があっても莉紗さんと一緒にならなければ人間として失格だと追いつめられた気持ちになっていた。

「莉紗のところに転がり込んで、一緒に住むようになりました。出勤時間をずらして出かけ、帰りは誰にも見られていないかビクビクしながら莉紗の部屋に戻った。友梨佳からはなにも言ってきませんでしたが、ある日、僕の衣服や下着などが詰め込まれたダンボールが送られてきた。莉紗はそれを見て笑っていました。莉紗のその笑顔を見て、僕はすごく違和感を覚えた。自分が家庭を壊したくせに笑うなよ、友梨佳の気持ちを考えろよとつい声を荒げてしまったんです。莉紗は泣き出し、『なかなか離婚もできないくせに』と悔し紛れのように叫んだ。そして死んでやると言いました。彼女にとってはその言葉が、僕と自分をつなぎ止めるものだと思い込んでいたみたいで……。そんな莉紗がいじらしかったし、一方でうっとうしさも感じ始めていた」

 妻からは離婚届が送られてきた。身の回りのもの以外、すべて放棄するようにと添付された手紙に書いてあった。預金もマイホームも、親権も、なにもかもだ。子どもには会わせないともあった。

「しかたがない、自分が悪いのだから。そう思ってサインしたけど、そう思うそばから、莉紗さえいなければこんなことにはならなかったと恨みつらみがわいてきた。僕は自分が思うより、ずっと家庭を大事だと感じていたんだとそこで気づいたんです」

 莉紗さんと家庭を持つ気など、もともとなかった。なのにどうしてと思うと、莉紗さんが憎くなった。すべて自分で撒いた種なのに、莉紗さんに気持ちが傾いたときは妻に原因の一端があると彼は言い、身ぐるみ剥がれての離婚は莉紗さんのせいだと言う。そう思わなければやっていられないのかもしれないが、女性ふたりの人生を壊し、子どもたちにも責任を持たないことについて、彼はまだ意識が向いていないようだった。

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