元「東大院生」古川大晃が明かした“憧れの箱根路”を走るまで…学生たちに署名を呼びかけるも関東学連チームの編成は「幻に」

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予選会では力及ばず

 箱根への思いが再燃した古川氏は、関東学連に属する東京大学の大学院博士課程を受験。およそ20分間の面接では、修士時代に取り組んだ研究や今後取り組みたい研究をプレゼンテーションし、見事に合格を勝ち取った。

 入学後は、東京大学大学院の陸上部に入部。新たな環境で、陸上部員や高いレベルの市民ランナーらと切磋琢磨して箱根駅伝出場に向けたトレーニングを積み、臨んだ初の箱根駅伝予選会は1時間4分10秒でフィニッシュ。学生連合の一員に選出されるも、タイム上位10選手を起用するチームの方針もあり、チーム14番目のタイムだった古川氏の本戦出場の夢は叶わなかった。

「次こそは、最後のチャンスかもしれない」と意気込んで迎えた2022年は、古川氏にとって変化と成長の1年となった。かつて東京大学に在籍し、2019年には関東学連選抜で箱根路を経験した近藤秀一氏がコーチに就任。卒業後はGMOアスリーツの一員として競技に打ち込んだ近藤氏による的確な指導が、古川氏の実力に一層磨きをかけた。

「やる気を引き出してくれた」ライバルの存在

 そして同年4月には、新入生として秋吉拓真選手が入部。

「10年以上に及ぶそれまでの競技人生は、自分より実力が勝る選手がいない環境で競技を続けていて、練習で先頭を走ることが当たり前の状況でしたが、新たに秋吉君がチームに加わり、徐々に実力を付けて僕を追い抜いてくれた。チームメイトに負ける悔しさを味わったことで、これまで以上に僕のやる気も引き出され、“強いランナー”になるきっかけを与えてくれたように感じます」

“ライバル”と過ごすなかで確かな手応えと自信を感じつつ、2回目の予選を迎えた古川氏だが……。結果は前年よりも32秒遅い1時間4分42秒。1時間3分17秒でゴールした秋吉選手の後塵を拝する結果に。前年と同様に関東学生連合の一員に名を連ねるも、チーム内13位の古川氏に本戦の出番が訪れることはなかった。

「自分にとっては『ラストチャンスかもしれない』との思いで走ったのに、それでも力が及ばなかった。その本当にやるせなく、悔しい気持ちは今でも忘れられなくて。『このまま箱根駅伝に出場できずに終わってしまうのかな……』と自信をなくしかけたこともありました」

箱根挑戦3年目 記録に残らない戦い

 古川氏が2度目の箱根挑戦を目指して、練習を続けてきた2022年夏頃、翌年の大会運営に関する方針が議題に上がっていた。

「記念すべき第100回大会は出場を23校に増やし、他地域の大学を招待する代わりに、関東学生連合チームの編成は見送られることになるだろう」

 その噂を耳にして、「知らない場所でいつの間にか決まっていて、周囲の知人も驚いていたんです。『もしかしたら、学生の意見が反映されていないのではないか……?』と感じずにはいられませんでした」

 そう振り返る古川氏は、正式な発表を経て、学生連合チーム結成に向けて奔走。周囲の関係者らと協力し、学生たちに署名を呼びかけ、総会の開催にまでこぎつけた。

 関東学連のルールでは、159校(2024年1月時点)ある加盟校の1/3以上の署名で総会が開催され、総会参加者の1/2以上の賛成があれば、その意見が採用される。古川氏らの熱心な呼びかけのおかげで、総会の開催にこぎつけたものの、僅か数票の差で力及ばず。学生連合チームの出場見送りが正式に決まった。

「僕は3回の予選会に出場させてもらいましたけど、大会には出場しなかったものの、チーム結成を目指して全力で頑張った2024年も、個人的には挑戦回数に含めたいと思っていて。強固な信念を持って、皆さんの力をお借りしながら出場を目指した日々は、今でも忘れられません」

 さまざまな形で3度の挑戦を続けてきた古川氏は、2025年1月の第101回箱根駅伝に、東大院生としては史上初出場。諦めずに思いを抱き続けた大会最年長の29歳(当時)が、新たな歴史を切り拓いた。今年もそれぞれの思いと共に、予選会が幕を開ける。

 第3回【東大院生として初めて“箱根駅伝”を走った男が明かす「魔物に出会った瞬間」】では、東大院生として初めて箱根駅伝を走った古川大晃選手が、自らその時の心境を振り返ります。

ライター・白鳥純一

デイリー新潮編集部

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