「政治的に無知」な層を集めるゲームと化した自民党総裁選 自公連立が決裂した高市早苗で「あの安倍政権をもう一度」になり得るのか

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参政党が躍進した背景に「福祉排外主義」

 参院選では社会保障費の負担や減税、現金給付などが議論されました。こうした経済的な再分配をめぐっては激しい対立が起きやすい。というのも、誰かから奪って、誰かに与える「ゼロサムゲーム」だからです。「現役世代を優遇すれば経済成長につながる」とか「赤字国債を発行すれば財源は確保できる」とか、政治家はパイ自体が増えると口にしますが、現実には限られたパイの奪い合いです。

 富裕層や大企業への課税を求めるれいわ新撰組であれば、「富裕層vs.庶民」といった階級対立の構図となる。社会保障費の負担軽減を訴えた国民民主党であれば、「年金世代VS現役世代」という世代間の対立に。移民や外国人問題を唱える参政党であれば、「日本人VS外国人」という対立軸になるわけです。

 ただ、問題は福祉国家ってそもそもが「自国民ファースト」なんですね。だって、一国内で経済的な再分配をして、生活が苦しい中間層や貧困層を支えるわけですから。「同じ国民だから助け合う」という感情的な基盤、ナショナリズムがないと成り立ちません。

 事実、より多くの命を救おうとすれば、国境を超えたグローバルな再分配のほうがずっと効果的です。実際に「効果的利他主義者」と呼ばれる人たちは、金融やITでお金を稼ぎまくって、個人レベルで再分配をしています。たとえば、ビル・ゲイツは「すべての生命の価値は等しい」という信念のもと、ほぼすべての財産を最貧国の感染症対策などに寄付しました。

 他の国の人々よりも自国民を優先するという意味で、福祉国家は「自国民ファースト」です。そのため、外国人や移民を排除する排外主義に結びつきやすい。いわゆる「福祉排外主義」です。たとえば、ワークフェアなど先進的な福祉政策で知られたオランダでは、移民の制限を求める極右勢力が台頭しました(水島治郎『反転する福祉国家』)。

 経済的な再分配が争点となった参院選で、参政党が躍進した背景には、こうした「福祉排外主義」があります。

政治的な無力感が反転した

 自民党をはじめ、立憲民主党、共産党、公明党もそうですが、支持層が高齢化して勢いを失いつつあります。逆に、参院選で議席を伸ばした国民民主党やれいわ新選組、参政党は、現役世代や若年層に支持を広げている。

 このようなポピュリズムの躍進は、「コスパ」や「タイパ」、「チート」や「ハック」などの言葉の流行と無関係ではないように思います。「社会のルールの穴を突いてでも、要領よく生きる」という生存戦略です。でも、その戦略の根底には「この社会は変わることはない」「政治は助けてくれない」といった絶望感やあきらめがあります。「コスパ」や「ハック」をよく使う2ちゃんねる創設者のひろゆきさんも、就職氷河期世代でした。

 政治学者の丸山眞男は「政治的無関心」についてこんな指摘をしています。政治への無関心は政治的な無力感から生まれる。だが、その「無力感」は「静的な諦観」ではなく、その奥底には激しい「焦燥と内憤」が渦巻いて、「非合理的激情として噴出」することがあるのだ、と。

 いまのポピュリズムは、政治的な無力感が反転した「非合理的激情」の「噴出」ではないでしょうか。

 もちろん、社会を変えようとすることは素晴らしいことです。しかし、これまで政治的に無関心だったのならば、政治については無知なはずです。お金の知識のない人が投資して、詐欺師に騙されるように、普通に考えれば、政治的に無知な人も、うまい話を吹き込んでくるポピュリストに騙されやすいんじゃないでしょうか。

 ポピュリストは私たちの認知の脆弱性を経験的に熟知しています。人間の思考の隙を突いて、感情を揺さぶり、合理的な判断力を奪う。私たちの思考をハックすることに長けているのです。

 たとえば「内集団バイアス」。自分たちの集団(内集団)とそれ以外の集団(外集団)を区別して、自分の仲間だと思った人を優先する認知バイアスです。ポピュリストたちはナショナリズムや愛国心を唱えれば、私たちの認知の脆弱性を刺激できるとわかっています。

 もう一つ、ポピュリストたちがよく使うのが「フリーライダーへの処罰」です。私たちには、集団の協力にただ乗りする「フリーライダー」をめざとく見つけ出し、厳しく処罰したいという道徳感情があります。

 ポピュリストは、フリーライダーへの処罰感情をたくみに利用して、人々を扇動してきました。「高給をもらって働かない公務員」「不正受給している生活保護受給者」「年金で楽に暮らす高齢者」……そして、いまは、在日外国人や移民が「われわれの富にタダノリしているもの」として非難されています。「外国人の生活保護、医療費ただ乗りが許せない」といった言説が、その典型です。

 福祉国家に内在する「自国民ファースト」性、経済的な再分配という「限られたパイの奪い合い」という政治状況が、こうした処罰感情をいっそう強めます。「私たちの生活が苦しいのは、あいつらが楽しているからだ」といったゼロサム思考が、排外主義的な感情を加速させてしまうです。

 今回の総裁選の結果には、古い自民党への回帰、あの安倍政権をもう一度といった願望が色濃くにじんでいました。とはいえ、その願望が達成されることはかなり厳しいでしょう。

 しかし、どうか注意して欲しいのですが、裏金議員たちこそがまさに私たちの富を掠め取ってきた本物のフリーライダーであるということです。おそらく自民党は私たちの怒りの矛先を、在日外国人へと転化しようとするでしょう。その構図に、私たちは無自覚にのせられてはいけません。

デイリー新潮編集部

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