クルドカーを撮影したら映画「激突!」の世界に追い込まれてしまった

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 埼玉県川口市の「クルド人問題」について語られる場合、アイコンとして用いられるのが、いわゆる「クルドカー」である。荷台一杯に荷物を詰め込んだトラックは、見る者を不安にさせる。

 川口市のウイークリーマンションに長期滞在をして取材を重ね、『おどろきの「クルド人問題」』を執筆したライターの石神賢介氏は、このトラックに追跡されて恐怖を覚えた経験があるという。以下、石神氏の体験談である。

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県議と市議を糾弾する番組構成

 6月10日にABEMA Primeが配信した、クルド人問題を扱った番組のアンフェアな構成については、以前の記事で筆者の考えを示した。そこでは触れなかったが、この番組で冒頭から大きく取り上げていたのが、クルド人の解体業者の視察をした埼玉県議、川口市議らの車と、彼らを追うクルド人側の車のカーチェイス劇だ。

 追われた県議側は恐怖を覚えて警察に駆け込んだ。一方でクルド人側は県議らの行動を問題視して市役所に乗り込んで激しく抗議をした。双方の言い分は対立している。クルド人側は県議らが現地を無断で撮影したことが問題だと主張し、県議らはそもそも撮影なんかしていないと説明している。

 番組は、クルド人側の抗議方法を問題視しつつも、県議らの視察方法にも問題があるという印象を視聴者に与える構成になっていると筆者は感じた。出演しているタレントたちは、たとえ撮影していなくても、スマホを持って「撮影しているかのように見えた」こと自体が大問題だとばかりに、スタジオ出演している県議らを糾弾していた。筆者には、こうした番組出演に慣れていない議員らをいじめているように見えた。

「後ろ暗いところがないなら、堂々としていればいい」という理屈で、県議たちが車内から視察していたこと自体問題のように批判する場面もあった。パックンや長谷川ミラさんといった出演タレントたちは、一貫して議員に批判的なスタンスだった。

クルドカーという象徴

 筆者は、こうした物言いは安全地帯からのきれいごとのように感じてしまった。自分自身の体験があるからだ。

 その話をする前に、クルドカーについて簡単に説明しておこう。

 クルドカーとは、クルド人が運転するトラックのこと。在留資格を持たないクルド人の多くは解体業で働いている。就業する資格を持たない以上は違法だ。運転免許の取得も難しい。

 ところが、地元市議らによれば、無免許や他人名義の免許でトラックを運転して解体した資材を運搬している者がいるという。
 
 制限速度を守らずに飛ばし、塀や電柱にぶつかっていく。道路運送車両法で定める最大積載量を超えて荷を積むので、荷崩れして、木材や金属を落としていく。

 むろんこうした運転をするのはクルド人に限らない。ただし、川口で目撃される過積載のトラックにはかなりのインパクトがあるため、“クルドカー”はクルド人問題においては象徴的な意味を持つようになったようだ。
 
 ジャーナリストの石井孝明氏が投稿した、あきらかに過積載に見えるトラックの写真は拡散され、クルドカーの知名度を全国区に押し上げた。

映画「激突!」の世界

 川口市内の、クルド人が多く働いている地域に寄った時のことだ。
 
 コンビニの駐車場に、いまにも積み荷が落ちそうな巨大なクルドカーが停まっていた。

 その車を荷台の側から撮影していると、背後から大声で叫ばれた。
 
 ふり向くと作業着を着たクルド人だった。そのコンビニの駐車場は暗く、彼の存在に気づかなかった。

 何を叫んでいるのかはわからない。でも、怒っていることは間違いない。
 
 トラックの運転席から、別のクルド人も降りてきて怒鳴り始めた。
 
 怖かった。ただただ頭を下げ、手を合わせてごめんなさいの意志を伝え、車でその場を去った。
 
 しかし、甘かった。交差点で、過積載のトラックが接近しているのがミラー越しにわかった。さっき撮影した車だ。
 
 車間距離はほぼない。青信号になりアクセルを踏むと、ぴたっとついてくる。“ケツピタ”というあおり運転だ。
 
 次の交差点で右折してみた。トラックも右折してついてくる。次を左折した。トラックも左折する。間違いなく追われている。嫌な汗が出てきた。調子に乗ってクルドカーを撮影したことを反省し後悔した。
 
 ただ、コンビニの駐車場というオープンな場所で車(それも過積載としか思えないトラック)を撮影することでこんな目に遭うのはおかしいとも思った。

公道での撮影が問題だというのはおかしい

 冒頭で触れた番組の出演者たちは、筆者を責めるのかもしれない。

「トラックを勝手に撮影したあなたにも問題があるじゃないか」

 しかし、そんなことを言えばテレビのニュース番組での街での撮影の多くは無断ではないか。路上を歩いている人の顔を平気で映している。
 
 個人の居宅などならともかく、公道やオープンな場での撮影がきっかけで、カーチェイスに巻き込まれるのを許容することは、報道機関として異常ではないか。
 
 番組では「撮影していない」と言う県議や市議らに対して、「たとえそうであっても、誤解を招いたことには問題がある」と、タレントたちが批判していた。その理屈でいえば今後、テレビ局はあらゆる人たちにカーチェイスやらストリートファイトやらを挑まれても仕方がないのではないか。
 
 そもそも多くの車はドライブレコーダーで勝手に他者を撮影している。それを理由に恐怖体験をさせられるのではたまったものではない。
 
 トラックに追われながら、中学生のときに観たスティーヴン・スピルバーグ監督の映画「激突!」を思い出した。主人公のセールスマンは巨大なタンクローリーに追われて戦慄する。トラックに追われる映画の主人公、デニス・ウィーバーの気分になった。ただ、トラックよりも普通乗用車のほうが小回りはきく。信号の度に右へ左へと曲がり、かろうじて振り切った。

 この体験をもって、クルド人は悪いとか、凶暴だとか言うつもりは一切ない。いろいろな人がいるのは当たり前だ。

 ただ、車で追われて恐怖を感じた県議たちが警察に駆け込んだ、という話を聞いて、自分の経験を思い出したのである。

 関連記事(「お前、いじめられっ子やったやろ」発言で批判集中 「千原せいじ」が理解できない「クルド人問題」)では、この問題に関する現地住民とそれ以外の人たちとの「温度差」について詳しく解説している。

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