江口寿史氏「トレース騒動」に欠けている視点とは 「写真をなぞるだけなら誰でもできる」が誤りと言える理由

国内 社会

  • ブックマーク

江口氏のポストがネット民の感情を逆なで

 ただ、江口氏のポストにも問題があった。投稿された数分後に見た筆者は、「ああ、これは100%炎上するだろうなあ」「やばそう」と思ったが、見事に予想通りになってしまった。江口氏はこのポストを行った時点で、写真の女性と話し合いを済ませ、円満に解決していたのである。本来であれば、それでなんら問題がないはずであった。

 ところが、ポストには江口氏から謝罪のコメントが一言もなかったのである。これが、ネット民の感情を逆なでしたと思われる。おそらく、「本人の許可を得ずに写真を使用してしまった」「申し訳ありませんでした」とでも書いていれば、一時的には炎上したかもしれないが、ここまでの大炎上に発展しなかった可能性が高い。

 そして、江口氏はモデルになった女性に対して、“今後の活動にも注目してくださいね”と書いた。この一文が、ネット民からは“上から目線”と取られたようである。結果、「何様のつもりか」「勝手に使っておいて、よくそんなことを言えるな」といった趣旨のコメントが相次いで寄せられることになってしまった。

 東京オリンピックのエンブレム騒動など、過去のネット炎上事件で同じことが起こったように、ネット民は叩くターゲットを決めるとその人物の過去の言動を発掘し、追い詰める。今回も、江口氏が過去にXにポストしていた「資料のトレースは少なかれあることなんですけど、そのまんま写しちゃうのは想像力欠如だと思います」という一文が取り上げられ、ネット民は「お前が言うな」という主旨の指摘をしていた。

 怒りが収まらないネット民は、江口氏の過去のイラストについても“検証”をはじめた。すると、江口氏が描いた「Zoff」や「デニーズ」のイラストの元になったと思われる写真が次々に発見され、さらなるトレース疑惑が生まれることになった。現在も炎上は続いており、一向に収まる気配はない。

トレースにも極めて高度な技術が必要

 確かに江口氏の行動や発言には問題があったと思う。しかし、筆者が残念なのは、今回の騒動で、江口氏の過去の業績を全否定するような論調のポストがネット上に蔓延していることだ。江口氏を“トレーサー”などと揶揄する人もおり、“こんな絵なんて、自分でも描ける”という論調でコメントする人も相次いでいる。

“自分でも描ける”と考えた人は、女性の写真を自らトレースし、“江口寿史風”と称して投稿していた。しかし、筆者が見た限り、そのトレースされた絵は極めて稚拙であり、まったく魅力が感じられないものだった。トレースは読んで字の如く線をなぞる行為だが、“なぞるだけだから誰でもできる”と思っている人が非常に多い。これは大きな誤りである。なぞる行為は極めて難しいのである。

 筆者は江口氏の絵は、単なるトレースではまったくないし、独自の色使いなどのアレンジを加えており、創造と評するに値すると思っている。「中央線文化祭2025」のイラストでも、元になった写真をそのままトレースするのではなく、女性の顎のラインや髪の毛まで、一本の線を選び抜くまでかなりの神経を使っているのがわかる。また、線を太くするか、細くするかでも、絵はかなり違った印象になる。

 トレースを“手抜き”と見なす人がいるが、少なくとも江口氏は手を一切抜いていないし、完成したイラストは江口氏の創造性が発揮された作品と呼ぶにふさわしいものだ。しかし、線の個性と言ったところで、絵を積極的に見ていない人には理解し難いのかもしれないし、それゆえ、「トレース」「パクリ」という言葉が独り歩きしてしまい、江口氏への個人攻撃がエスカレートしているのだといえる。

次ページ:江口氏の業績を否定するべきではない

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。