江口寿史氏「トレース騒動」に欠けている視点とは 「写真をなぞるだけなら誰でもできる」が誤りと言える理由

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 「ストップ!!ひばりくん!」、「すすめ!!パイレーツ」などのギャグ漫画で知られ、近年はイラストレーターとしても活躍している江口寿史氏。今なお第一線で活躍するクリエイターとして知られ、各地の美術館で開かれている個展も好評を博しているが、そんな江口氏のXが大炎上している。

 10月3日、江口氏は自身のXを更新。「ルミネ荻窪」で10月18日~19日かけて開催される「中央線文化祭2025」のために描き下ろしたイラストに関し、Instagramに流れてきた“完璧に綺麗な横顔”の写真を、本人の承諾を経ず、トレースしたうえで制作していたと発表した。

 しかも、イラストのモデルになった写真の女性が、ルミネに問い合わせたことによって、江口氏がトレースしていたことが発覚したのである。これを知ったネット民の間から批判コメントが殺到。Xでは「江口寿史」がトレンド入りする事態となり、大炎上してしまった。なお、問題の江口氏のポストは現在削除されている。【文=山内貴範】

トレース自体は“悪”ではない

 騒動は各方面に広がっている。「ルミネ荻窪」では、10月19日に江口氏が出演するトークショー『中央線と漫画と人生と』が開催される予定だったが、今回の問題を受けて、中止が決まった。千葉県の柏市役所は昨年、市制施行70周年を記念して、「広報かしわ」2024年11月号の表紙イラストを江口氏に依頼して制作した。こちらもトレース疑惑が生まれており、柏市議会議員の助川忠弘氏のXによると、市にも問い合わせがきているようだ。

 SNSを見ると江口氏を批判するコメントが多く、なかには誹謗中傷ととれるレベルの、攻撃的で、過激なコメントも少なくない。しかし、ここで間違ってはいけないのは、写真を参考にイラストを描くのは問題ないし、必ずしもトレース自体は悪いことではない、ということである。しかし、SNSを見るとトレースが悪であり、創造性のない行為で、諸悪の根源であるかのように語っている人が少なからずいる。

 写真を参考に絵を起こすことは、漫画、イラスト、デザイン、美術の世界では普通に行われていることで、何ら問題はない。今回、騒動が起こった原因は、江口氏が写真の女性の許可を得ずにトレースし、イラストを作成し、発表したためである。こうなると、著作権や肖像権の点から、問題が発生してしまうのは避けられない。

 自分で撮った写真をトレースするのであれば問題はないし、他人の写真でも許可をとって使えば大丈夫だ。江口氏がそれを怠ったため、問題になっているのである。ただ、一昔前であれば、漫画家やイラストレーター、デザイナーが雑誌の写真を無許可でトレースしたり、加工したりして使うことは普通にあったし、そういった行為に社会が寛容であったのも事実であろう。

 ある漫画は背景の絵が有名な写真集の丸写しであったりするし、別の漫画ではやはり雑誌の写真を参考にワンシーンが描かれたり、扉絵などのイラストが描かれた例もある。しかし、時代は変わり、現在はこのような行為をよろしくないと考える風潮が生まれている。江口氏が、そういった風潮に関心が及んでいなかった可能性はあるだろう。

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