ダメ男役が光る「岡部たかし」、激太り役作りの「池脇千鶴」も…朝ドラ「ばけばけ」を支える実力派の“怪演”
おでこにキス
モデルの八雲は米国在住時代、違法だった黒人女性との結婚に踏み切るなど人を区別することが大嫌いだった。一方で東京帝国大学と早稲田大学の講師を務めるなど一級の教養人でもあった。ヘブンもそうなのだろう。また、トキを深く愛していた。
この後、ヘブンはトキのおでこにキスをする。ここで「あらら」などと声を上げたのはヘブン邸に住むヘビとカエルだ。声は阿佐ヶ谷姉妹が担当する。ふじき氏と阿佐ヶ谷姉妹の関係を考えると、うなずける人選である。八雲邸には実際にヘビとカエルがいた。ヘビがカエルを食べぬよう、八雲は自分の食事をヘビに分けていた。
直後に舞台はトキ(少女期・福地美晴)が幼かった1880年代の島根県松江に変わった。明治初期である。トキの一家は父親が松野司之介(岡部たかし)。司之介はかつては上級武士だったものの、四民平等の世になり、すっかり落ちぶれた。
司之介は豊かな暮らしを取り戻そうと、投機性のある舶来ウサギの売買に手を出す。「ウサギ長者になるぞぉ」と鼻息が荒かったが、見事に大失敗。莫大な借金を背負った。トキを小学校に行かせる金さえ失う。
司之介はトキに言った。「働いてくれるな、明日から」。予期せぬ言葉にトキは動揺し、気を失う。無理もない。
岡部はなぜかダメ男がよく似合う。司之介役は特にそう。岡部とふじき氏とは長年の演劇仲間。お互いに相手の特性を知り尽くしている。
福地は2年前から子役活動を開始し、舞台やドラマに顔を出してきたが、大役は初めて。小顔で表情が豊かだからか、かわいらしい。トキが大好きなしじみ汁を飲みながら「あー、おいしい」と、つぶやいただけで、クスリとしてしまった。宍道湖のある松江はしじみ汁が日常食だ。
母親はフミ(池脇千鶴)。池脇は43歳だが、役づくりでかなり太った上にメイクも地味だから、50歳前後に見える。本人もそう見せようとしているのだろう。
池脇はキネマ旬報ベスト・テンで助演女優賞を得るなど誰もが認める演技派である。徹底した役づくりをすることでも知られる。役柄を演じるというより、作品の世界に身も心も入り込んでしまう人だ。
フジテレビ「その女、ジルバ」(2021年)で演じた主人公は当初、40歳の冴えないOLだった。それが回を追うごとに美しくなり、観る側を驚かせた。「女は、40から!」という作品のメッセージを体現した。どうやって体重を増減させているのかは謎である。
体重だけではない。理容専門学校の教師を演じた映画「はさみ hasami」(2012年)では練習用のカットウィッグを自宅に持ち帰り、カットやブローを猛練習。映画ではプロの理容師並みの技術を見せた。
フミはしっかり者のようで、どこか抜けている。司之介には大甘。一文無しになって家を出た司之介に対して「あなたがいないと、おいしくないのよ、大好きなしじみ汁が」と帰宅をうながす。一方で小学校退学が決まって落胆するトキには怪談を聞かせた。トキは嫌なことがあるたび、フミに怪談を聞かせてくれとせがんだ。
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