「生成AIが私の声でセリフを読んでも、それは私の芝居ではありません」 声優「緒方恵美」が“声の無断使用”をクリエイターへの冒涜と訴える理由

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「勝手に使ってほしくない」と言う権利がある

――緒方さんの声優としてのプライドが感じられます。

緒方:最近、生成AIを使って、お葬式で故人の映像に感謝の言葉をしゃべらせるサービスが出てきました。これは本人ではなく、誰かが作った言葉をしゃべらせているのです。感動する人もいるかもしれませんが、私は家族の声でこれを行いたいと思えない。「声が聞きたい」という理由だけで勝手にしゃべらせるのは私のエゴだと思うから。故人の意思を尊重したい。もちろん、実際それを本人から託されていたなら別ですが、凄い世の中になりました。

 世の中には生成AIを活用したいと言う人もいるでしょう。しかし、「使ってほしくない」と訴える人のことを無視していいはずがありません。声でも、イラストでも、音楽でも、クリエイターには「勝手に使ってほしくない」と断る権利があります。これは仕組みとして整えてほしいと思っています。

 少なくとも、本人が嫌だと思ったら使うべきではない。その線引きがないと、世の中が加速度的におかしなことになってしまう気がしてなりません。クリエイターがいろいろなものを削って手に入れたものを、断りもなく機械に取り込み、勝手に使う姿勢には問題があると考えています。その人の尊厳や、培ってきたことを冒涜していると思います。

 クリエイターが技術を身に付け、お金にするのは大変だということはわかるはず。リスペクトの気持ちがあれば、無断で使うことはできないと思うんですよ。既に次々、他国では先行して、生成AIを規制する動きがあります。日本もクリエイターの権利に関する最低限のルールを、早く制定してほしいと思います。

コンテンツ大国ならクリエイターの権利を守るべき

――緒方さんが出演された作品を例に挙げても、日本のアニメは世界中にファンがいますね。日本は世界に誇るコンテンツ大国と言われているのに、政府も企業もクリエイターの権利を守ろうとしないのは疑問です。

緒方:よく、“クールジャパン”という言葉が使われます。アニメをこの国の誇りだと言ってくださるのであれば、もう少し私たちの権利を守ってほしいし、若手を育てる環境を守ってほしい。国にはインボイスなど、新人が育つ素地を阻むことを何度も重ねられてきましたが、生成AIの問題はこのまま放置されると本当に大変なことになります。

――しかし、国を見ているとAI、そして生成AIを推進する政治家ばかりです。人手不足や少子高齢化を理由に、なんでもかんでもAIに置きかえないといけないと主張する人もいます。過度に推進すると社会が壊れてしまうと訴える人は、少ないと感じます。

緒方:生成AIのメリットばかりが強調され、問題を引き起こす可能性を、実感としてわかっている人がそもそも少ないのだと思います。私もYouTubeの動画で勝手に声を使われたことで、怖いなと思いましたから。怖い目に遭わなければ想像がつかないし、まして一方の意見だけを推進したい方に、他方の気持ちは届きにくい。もちろんですが、AIは必要です。推進もしてほしい。でも同時に、私たちクリエイターの権利も大切にしてほしいのです。

――クリエイターの間でも、ベテランほど生成AIを推進したがる傾向がある、という意見があります。

緒方:失礼ですが、自分はこのまま逃げ切れると思っている人ほど、生成AIの問題なんてどうでもいいと思っているか、目先にあるご自身にとっての良いことだけを取れば良い、と思われがちなのではと思います。政治家のみなさんも、生成AIを放置すればお子さんがフェイク動画を作成されたりして、大変なことになる可能性だってあると思うのですが、そこまで考えが至らないのでしょうか。

 声優業界で言えば、もしかすると私は逃げ切れるのかもしれませんが、若手や後輩が苦しむのは目に見えてわかっています。日本のアニメが大好き。エンターテイメント業界が好きです。だからこそAI業界とも良い形で共存できるよう、リスペクトを持ちつつ、持っていただきつつ、お互いの次世代も育ててゆけるよう、これからも生成AIの問題を訴え続けていこうと思っています。

第1回【本人が知らぬ間に「卑猥なセリフをしゃべらされる」ことも…声優「緒方恵美」が生成AIに警鐘を鳴らす理由 「若手を育成する場も、声優としての仕事も奪われかねない」】では、現在、生成AIが声優業界をいかに脅かしているかについて、またそれがどのような営業をよぼしつつあるのかについて、緒方さんに詳しく伺っています。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部

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