本人が知らぬ間に「卑猥なセリフをしゃべらされる」ことも…声優「緒方恵美」が生成AIに警鐘を鳴らす理由 「若手を育成する場も、声優としての仕事も奪われかねない」
近年、急速に普及した生成AI。仕事の在り方、社会の仕組みを一変させる革新的な技術として期待が高まっており、政府はその利活用を推進している。その一方で、俳優、ミュージシャン、漫画家、アニメーターなど、クリエイターの間では生成AIの急速な普及に対し、懸念を示す人たちも少なくない。
【問題提起】“声は商売道具。勝手に使うな”「NO MORE 無断生成AI」を訴える声優たちの姿
特に、生成AIを問題視する声が高まっているのは声優業界である。既に、声優の声を無断で取り込み、作成された音声データがネット上で販売されている。それらを使ってフェイク動画を作成したり、犯罪に悪用されたりする可能性があるため、不安視する声も多い。危機意識を共有する声優は有志の会を結成、「NO MORE無断生成AI」という動画を作成して声明を発表した。
しかし、生成AIのもたらす悪影響に対する国民的な関心は高いとは言えず、問題意識が広がっているとは言い難い。こうした現状を重くみて、生成AIの問題点を訴えるべく、SNSやシンポジウムなどで発信を続ける声優がいる。「幽☆遊☆白書」の蔵馬や、「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジ役で知られる声優の緒方恵美氏だ。
声優業界、そしてクリエイター全体にとって、生成AIの何が脅威となるのか。緒方氏に話を聞いた。【文・取材=山内貴範】(全2回のうち第1回)
2000年ごろから技術は既にあった
――声優の皆さんの間では、生成AIについて危機感を持っている人は多いのでしょうか。
緒方:声優業界でも生成AIについて考えは人それぞれです。危機感を持っている方もいれば、問題点があまりわかっていない方もいたりと、様々ですね。ただ、声優業界は比較的声を上げやすい環境にあるので、「NO MORE無断生成AI」の活動が立ち上がったといえます。
私はミュージシャンや俳優のみなさんとも話をする機会がありますが、業界によって対応は異なっていると感じます。音楽業界は著作権を管理するJASRACがあるため対応が一歩進んでいますが、顔出しをする俳優の業界では、様々な事情があってあまり進んでいない印象です。
ハリウッドでは生成AIに反対する俳優のデモがあったので、問題点を理解している俳優もたくさんいます。でも日本では……。先日も、とある俳優さんと話していた時、「問題なのはみんなわかっているが、残念ながら業界的にまだ行動できる段階にないのだ」と。ただ、温度差こそあるものの、あらゆる業界で生成AIが問題になっているのは間違いありません。
――生成AIについて、緒方さんが疑問視するようになったのはいつ頃ですか。
緒方:現在の生成AIとは性質が違いますが、声のサンプリングについて関心を持ち始めたのは2000年頃です。声優には、アニメのアフレコ、洋画の吹き替え、ナレーションなどの多岐にわたる仕事があります。なかでも洋画の吹き替えに関しては、ハリウッド俳優の声をサンプリングし、感情を汲み取ったうえで日本語変換する技術が存在すると2000年頃には言われていました。
――そんなに早い時期からですか。
緒方:私も話を聞いて驚きましたが、関係者は「とてもお金がかかるので、今の段階では活用は現実的ではない」「日本では声優を使った方が安くできるので、吹き替えの仕事は当面なくならない」という話でした。ただ、少なくとも技術自体は当時からあったとすれば、いつか声優を介さない吹き替えが登場する時代が訪れるとは漠然と思っていました。
その意味で、2007年にボーカロイドの「初音ミク」が発売されたときは、ついに声がサンプリングされ、使われる時代が来たんだなと感じましたね。その後も、ある仕事で私の声をサンプリングし、自動でしゃべらせるBOTを作りたいという提案がありました。500パターンくらいの言葉を録音すると、私の声でなめらかに読み上げることができる。もちろんそれは、期間・使用用途限定の“お仕事”でしたが。
ただ、声優は今でこそ条件付きで仕事をしているけれど、そんな遠くないうちに仕事ではなく“勝手に声を使われる”ことが起こり得るのでは……という不安も強くありました。
[1/3ページ]


