黒澤明監督の「民家の屋根を外せ!」発言は本当か 妥協を嫌った日本の巨匠は宮崎アニメで「すごく泣いちゃった」ほどナイーブだった
「民家の屋根を外せ」とは言っていない?
香川さんはその後、「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)、「天国と地獄」(1963年)、「赤ひげ」(1965年)、「まあだだよ」に出演したが、現場でいつも感じていたのは、監督のこだわりだったという。
「撮影は随分と時間をかけて行われました。個々のシーンに細部まで凄くこだわっていました。『天国と地獄』では横浜の高台に権藤家のセットが作られましたが、シーンが午前中のものであれば撮影は11時頃、“今日はこれまで”と言われて、その日の撮影は終了。後は日差しの位置が変わってしまうためで、そのシーンの撮影では、同じ時間帯に何日間か通いました。これも印象に残っていることの一つです」
その「天国と地獄」で今や伝説となっているのは、「民家の屋根が邪魔だ外せ」と黒澤監督が発言。実際にその屋根を取り払ったというエピソードだ。
「(誘拐犯一味に)身代金を投下するシーンで、監督は“屋根を外せ”と言ったのではなく、“あれが見えないとだめだよ。どうする、どうする!!”とそう言ったんです」
いうのは、映画監督の出目昌伸氏(77 ※2016年3月死去)。黒澤作品では、「天国と地獄」の他、「用心棒」(1961年)、「椿三十郎」(1962年)、「赤ひげ」の助監督を務めた。
「そう強い口調で言われると、やはりクライマックスの勝負カットですし、ちゃんと監督が計算された上のことですから、やるしかないですよね。そこで製作部がその民家に交渉に行きました。住んでいる人のためにホテルも手配しましたし、撮影後にはちゃんと直したはずですが、住人の方はいきなり屋根を外せと言われて、びっくりされたでしょうね。2階には病人の方がいたそうですし」
椿の木にひとつひとつ椿の花を付けて
とにかくスクリーンに映る隅々にまで細心の注意を払っていたという。2009年公開の「劔岳 点の記」で高い評価を受けた木村大作監督(70)は、「椿三十郎」をはじめ5作品で撮影助手を担当した。
「『椿三十郎』で侍屋敷の椿の木にひとつひとつ椿の花を付ける時も、そのこだわりは凄かった。黒澤さんに“もうちょっと1センチ右”とか“1センチ左”とか言われて付けていくんです。とことん自分のイメージ、リアリティーを追求するこだわりには、ただならぬものがありましたね。
『椿三十郎』は僕にとって4本目の黒澤作品でしたが、それまで“デコスケ”とか“バカスケ”、時には“ヌケ作”とか呼ばれていましたが、椿を付ける時、初めて“大ちゃん”と呼ばれ、嬉しくて涙が出たのをよく覚えています。僕自身、黒澤さんの姿勢を受け継いでいきたいとの思いで『劔岳』を撮りました」
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