悪夢を繰り返す心中サバイバーの27歳女性は、交際男性の家に転がり込み…新盆で聞いた話が腑に落ちた理由『無理心中の忌憶』 川奈まり子の怪異ルポ《百物語》

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 【前後編の後編/前編を読む】夕食で勧められた赤ワインに母常用の睡眠薬が混入… 両親の無理心中から逃れた娘が引っ越した先で見た夢は

 都下の某市、父が建てた一戸建てで生まれ育った香苗さん(27歳、仮名)は、過去に両親の心中事件に巻き込まれかけ、命からがら都内某区のマンションへ引っ越した――。だが、マンションで夜ごと、実家のおそろしい夢を見るようになった。夢の中の“実家”のディティールは少しずつ変化を遂げて…。

 ***

 東京には7月にお盆を行う習慣が最近まで残っていたものだ。昨今は8月にお盆をする家が多く、香苗さんもそのつもりで、8月半ばに真言宗の菩提寺でお経を上げてもらう予定だったが、7月の今、東京の古い習慣に従って両親の霊魂がもう戻ってきてしまって、だから怪しい夢を見るのでは…と、そんなことを考えたのだ。

 どうにも耐えがたくなり、彼女は、2年前から交際していた男性Aの家に転がり込んだ。両親の心中事件についてAには包み隠さず話しており、葬儀や引っ越しの際にも協力してもらっていた。

 Aは彼女にたいへん同情的で、すぐにも結婚または結婚を視野に入れた同棲をすることを提案してくれていた。しかし、それについては彼女の方で辞退した。まずは自分の生活を立て直して、気持ちに整理をつけたいと思ったのだ。こうした経緯があったので、このとき、Aは彼女を喜んで迎え入れた。1週間ほど家を空けるつもりで支度をして、7月中旬の土曜日に、Aに車で迎えに来てもらった。

「Aくんの家に滞在している間は、怖い夢なんか全然見ませんでした。だからもう大丈夫だと思って、翌週からは自分の部屋に帰ることにして……。マンションに帰ったその夜は、彼がうちに泊まってくれる運びでしたから、私はすっかり安心していました」

形を変えた悪夢

 その日も土曜日だった。日中はAの車でドライブして横浜方面へ行って遊び、夜の8時すぎに彼女のマンションに帰ってきた。映画を観ながら夜更かしして、深夜2時頃に一緒にベッドに潜り込み、ほどなく眠りに就いた。

 ここまでは何事もなかった。

 ところが、明け方、息苦しくて目を開けると、Aが馬乗りになって彼女の首を絞めていたのだ。
 
 夢中で暴れて、Aもろともベッドの下に転がり落ち、這って逃れようとしたが、後ろから追ってきた彼に左の足首を掴まれかけた。真っ黒な絶望と恐怖に支配されながら彼女は床を転がり、必死で両足をバタバタと動かした。すると、たまたまAの顔面に蹴りが入った。

 途端に彼は「ほへっ?」と間の抜けた声を発した。次いで、蹴られたところを痛そうにさすりながら「何してんの?」と彼女に訊ねた。

「Aくんが私の首を絞めたんだよ!」

「ちょっと待て! 俺が首を絞めただって?」

 Aは一切覚えがないと言い、その後は2人とも朝までまんじりともしなかった。そして午後になると彼は帰っていき、結局、その夜から悪夢が再来した。

 ただし、今度は夢の中で彼女を襲ってくるのは黒い人影ではなく、Aの姿を取っていた。

 そのせいなのか何なのか、Aとの仲がぎくしゃくしはじめた。そのため香苗さんは仕方なく、女友だちや親戚の家を泊まり歩くようになった。ホテルや漫画喫茶に宿泊したこともあるそうだが、よそで眠る分には悪夢に襲われない。だが、マンションに戻れば元の木阿弥だった。

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