悪夢を繰り返す心中サバイバーの27歳女性は、交際男性の家に転がり込み…新盆で聞いた話が腑に落ちた理由『無理心中の忌憶』 川奈まり子の怪異ルポ《百物語》

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相性が悪かった

 そうこうするうち、やがて8月の新盆法要の日を迎えた。ごく身近な親戚たち4、5人ばかりと共に菩提寺に行き、住職に法要を執り行ってもらったのだが、帰り際に住職に呼び留められた。

「あなたには悪いものが憑いているようです。ご両親の霊ではないから、今住んでいる土地に関わりのある怨霊かもしれない。よろしければ祓(はらえ)をしに行きましょうか」

 こう言われると香苗さんは矢も楯もたまらなくなって、その場で衝動的に、これまで繰り返し悪夢を見たことやAとの一件について、洗いざらい住職に打ち明けてしまった。話を聞いた住職は、その晩は寺に泊まることを強く勧めた。そして翌早朝、住職と共にマンションへ向かったのだが、住職はマンションの建物を見るや、「これは……」と呟いたきり、しばし絶句した。

「このマンションに何か問題があるのでしょうか?」

 と彼女が訊ねると、住職は「いいえ」と否定した上で、

「この建物には何も問題がない。ただし、この土地では昔、ご両親が起こしたような、悲しい事件が起きたのでしょう。つまり、あなたとは相性が悪い土地だということです」

 “住職には、心眼で過去の出来事が見えるのだろうか”――香苗さんはそう感じた。

 住職は、祓の儀式を行うと、棚経に呼ばれているからと慌ただしく帰っていった。マンションに滞在したのはほんの1時間程度だったが、この祓を境に、悪夢を見ることはなくなったという。

重なった記憶

 それから年月が過ぎ、今から2~3か月前。香苗さんは筆者のとある“事故物件系の怪談”をYouTubeでたまたま視聴した。これがきっかけとなり、手を尽くして調べてみたとのこと。

 その結果、前述(前編を参照)のように、彼女が住んだマンションが、“一家無理心中事件が起きた現場”の跡地に建てられていたことが明らかになったという。これについては筆者も裏取り調査をして事実確認をさせてもらった。

 ――業が深い土地と、心中した両親の業。これらが呼び合った結果、命を奪いそこねた子どもを仕留めるために悪霊が這い出てきたかのような話である。

 ただし、彼女は非常に冷静に「他の住民の方々は何事もなく、快適にお住まいなのだと思います」と語った。

「私の親の事件と土地の記憶に重なる点が多かったから、私だけに起きたのでしょう」 

 ちなみに彼女はあれから間もなくしてAとは別れ、3年後に新たな恋人と結ばれて、結婚を機に引っ越したそうだ。

「今は幸せです。心に余裕があるからかな? 怪談も大丈夫。どんなに怖くても、ただのお話ですからね。人間の方がよほど恐ろしいですよ」

 【記事前編】では、両親の無理心中から命からがら逃れた香苗さんが、引っ越し先の新しいマンションで不思議な夢を見るようになるまでを紹介している。

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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