「ナンペイ事件」から30年目の夏…特捜本部が最後の望みをかける7点に絞られた「有力な物証」

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積み重なった“タラレバ”

 未解決事件に“タラレバ”はつきものだ。令和に改元した今では、民家の玄関やマンション・雑居ビルのエントランス、コンビニなど、街中のあちこちに防犯カメラがあり、移動する車でもドライブレコーダーが目を光らせている。現場から逃げ去る犯人が見逃されるはずはない。だが、事件は平成の初め。ただ、それは言い訳に過ぎない。監視カメラに頼らなくても、解決した事件は数多くあるからだ。

 一方で事件が発生した時期、オウムが捜査の足を引っ張ったのも事実。オウム事件は日本の警察・検察が総力を挙げて徹底摘発に取り組んだ事件だ。主力となった警視庁では、刑事部だけでなく公安部や生活安全部と、捜査部門を総動員して教団の実態把握と事件の全容解明に当たり、二人三脚で捜査を牽引した東京地検もオウム幹部の取り調べに「最強の捜査機関」と称された特捜部から検事を投入するなど、事件の動機究明に注力した。

 その間隙を突く形となったナンペイ事件に、警視庁はオウム捜査に当たっていた捜査1課の精鋭から主力刑事を選抜して捜査に当たらせたが、日本の犯罪史上類例のない凶悪事件にもかかわらず、全庁挙げた捜査態勢を構築できる状況にはなかった。

 さらに、立て続けに重大事件が起きた事実もある。事件から1週間後の8月7日、東京都足立区で7歳の女児が誘拐されたのだ。警視庁は密かに捜査1課と綾瀬署からなる特捜本部を設置し、8日未明から報道各社との報道協定を締結。警視庁は大量の人員を捜査に振り分けざるを得なくなった。

 現在は防犯カメラの普及もあり、誘拐事件は激減している。ビットコインなど仮想通貨の登場で「逮捕の最大のチャンス」とされる身代金の受け渡し現場も、リアル空間からバーチャル空間へと移った。ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)によるサイバー攻撃では、生身の人間でなく企業の秘密を“人質”に、身代金を要求する事件が後を絶たない。

 だが、当時は捜査1課にとって身代金目的誘拐は殺人と並ぶ最重要凶悪犯罪。足立区の事件は間もなく無事解決をみたものの、オウム事件とナンペイ事件で人員面も含めた捜査能力の限界点を超えていた警視庁は、ついにオーバーヒートを起こしたのだ。

 もちろん「ナンペイ事件」の犯人がこうしたことを見越して犯行に及んだはずはない。「ナンペイ事件」の捜査に従事し、すでに警視庁を退官して10年以上が過ぎた元刑事は言葉少なに、こう語った。

「私も7月、しばらくぶりに現場へ足を運んだ。被害者とご遺族には、本当に申し訳なく思っている。特にまだまだこれからという二人の女子高生、矢吹恵さんと前田寛美さんから将来を奪った犯人は絶対に許せないが、私にはもう、犯人を捕まえる術がない。現役たちには、逃げ得を許さず、なんとか解決に漕ぎ付けて欲しいと願うだけだ」

岡本純一(おかもと・じゅんいち)
ジャーナリスト。特捜検察の捜査解説や検察内部の暗闘劇など司法分野を中心に執筆。月刊誌「新潮45」(休刊中)では過去に「裏金太り『小沢一郎』が逮捕される日」や「なぜ『東京高検検事長』は小沢一郎を守ったか」などの特集記事を手掛けた。

デイリー新潮編集部

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