日本製鉄はいかにトランプ大統領を攻略して「USスチール」買収に成功したのか 「買収という言葉は使わない」「議論や説得は無意味」
【全2回(前編/後編)の前編】
風雲急を告げる日米関係において唯一の朗報と言っていいだろう。米・鉄鋼大手「USスチール」の買収を完了した日本製鉄は、いかに超大国と渡り合ったのか。その舞台裏と今後の対中戦略を、同社の橋本英二会長がジャーナリストの櫻井よしこ氏に明かしてくれた。
***
【写真30枚】トランプ大統領が知らない日本の「アメ車人気」 マスタング、キャデラック…オールドカーが勢ぞろい! 色気たっぷり美女オーナーの姿も
櫻井 USスチールの買収が実現するまでの1年半、アメリカの大統領二人に大勝負を挑む姿を拝見していて、令和の時代に本当の日本男児がいた。そのことがうれしかったです。
橋本 振り返れば本当に長い道のりでした。
櫻井 大国を相手にした交渉の経過は、外からは分からないすさまじいご苦労があったと思いますが、その辺りからお伺いできれば。
橋本 そうですね。そもそも、なぜわれわれがUSスチールの買収を考えたのか。その点を説明しておきたいと思います。私が経営者として大事にしていることは二つだけです。一つは技術力を日本にどうやって残すか。そのためには生産が持続的に拡大する必要がある。生産を縮小すれば、技術力を維持して発展させることはできなくなります。
櫻井 なるほど。
橋本 かつて新日本製鐵(現・日本製鉄)は世界で一番たくさん鉄を生産していました。その前の世界一はUSスチールですが、今や中国に取って代わられた。日本の鉄が弱くなったのは、われわれが「成熟産業になった」などと言い訳をして、最も基本的な「量の拡大」を疎かにしたから。ゆえに衰退したのです。新日鉄が世界一になったのも、旧八幡製鐵と旧富士製鐵が合併したためで、自らが成長した結果ではなかった。
社員の給料アップに成功
櫻井 中国はどうですか。
橋本 中国も10社以上が集まった末の世界一に過ぎません。やはり自力で生産量を増やしていかないと技術力が落ちてしまう。何より若い技術者が成長する機会がない。日本製鉄を「成長ありきのDNA」が根付く世界一の組織に変えたかった。
櫻井 二つ目に大事にされていることは何でしょう。
橋本 もう一つは社員の給料を増やすことです。待遇改善は“社長の通信簿”であると考えていますが、製造業で給料の高い会社の代表格はトヨタ自動車さん。そこに追いつくことを目標に、ようやく2年前、私が社長だった最後の年度に達成しました。
櫻井 追いついたのですね。
橋本 とはいえ「生産で世界一」という目標は途上でした。私が社長になった初年度は、インドの大きな製鉄会社を買収しました。これは欧州に拠点を持つ世界最大級の鉄鋼メーカー・アルセロールミッタルとのジョイントベンチャーでした。順調に成長していますが、お互いイーブンに成長しますので、世界一に追いつくことはできない。ならば先進国の最大市場、今後とも伸びる市場で勝負をしなきゃいけない。それで何年も前から、どういう方法があるかを検討していました。
櫻井 そこにUSスチール買収の機会が巡ってきた。
橋本 2023年8月に国際的な入札となり、世界の有力数社が競っていた。そこに勝負をかけました。USスチールは欧州にも製鉄所を持ち、欧米の事業に参画できるのが魅力的でした。
[1/3ページ]


