日本製鉄はいかにトランプ大統領を攻略して「USスチール」買収に成功したのか 「買収という言葉は使わない」「議論や説得は無意味」

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「大統領の好きな言葉で分かりやすく」と側近から言われ……

橋本 しかし、トランプさんはあれだけ熱狂的な演説を行いながら、買収を認めるサインまでは踏み切らなかった。高関税を進めてきた立場を考えると迷いがあったのでしょう。そこで私共はアメリカ政府に一定の監督権限を与える「黄金株」の提案をしました。国民にも分かりやすく説明できるよう「大統領はチェンジマインドしたわけじゃない。より良いものを……」

櫻井 「獲得したんだ」と説明できる。

橋本 その通りです。トランプさんはゴールド好きとしても知られていますし、メディア露出の際、分かりやすさを求めます。「黄金株」なら、いかにも大きなものを得たような感じで国民に説明しやすい。前述の側近からも「大統領の好きな言葉で中身を分かりやすく」とも言われていました。結局トランプさんがサインしてくれたのは、契約期限に間に合うデッドラインの6月13日の18時でした。

人材育成が課題

櫻井 本当にギリギリだった。他方で、決め手となった「黄金株」を譲ったら、経営の自律性が損なわれる可能性はありますか。

橋本 「黄金株」を含む「種類株」は、ある一定の権限が付与されます。それについて精査しましたが、本社を国外移転しないなど、われわれが明らかに不利になる条件はありませんでした。

櫻井 大事なものは譲らないけれど、譲るべきは譲って、絶妙な条件で決着した。今後、日鉄はUSスチールに技術を投入していくわけですが、人材育成が課題ですね。アメリカの鉄鋼業が弱体化している現状では、日鉄から人材を送り込むということになりますね。

橋本 アメリカに進出する日本の自動車メーカーも同様です。現地では製造業の従事者がどんどん減って1300万人を切っている。さらなる問題はエンジニアが圧倒的に少ないことです。設備の新設や更新、研究開発を担うマンパワーが不足しています。アメリカでは大学で鉄や車作りを学ぶ学生はほとんどいません。台湾の半導体メーカーTSMCですら、米国工場では台湾人の技術者しかいない。これでは日本から大量に技術者を送るしかありません。まず40人を派遣しましたが、今後は100~150人ぐらいに増やしていかなきゃいけないと思っています。

 後編【「鉄鋼市場で中国に譲ってはならない国は…」 日本製鉄・橋本会長が明かす 「すでにベトナムやインドネシア、マレーシアは中国の影響下に」】では、橋本会長が明かした、鉄鋼市場で中国に絶対に譲ってはならないマーケットなどについて報じる。

橋本英二(はしもとえいじ)
日本製鉄代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)。1955年熊本県生まれ。一橋大学商学部卒業後、79年に新日本製鐵(当時)に入社。主に鋼材の営業畑を歩み、その後は輸出や海外事業を担当した。2019年社長に就任し、24年から現職。

櫻井よしこ(さくらいよしこ)
ジャーナリスト。ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスターなどを経て、2007年から国家基本問題研究所理事長。最新刊は著者の中国論の集大成『親中派80年の嘘』(産経新聞出版)。

週刊新潮 2025年8月14・21日号掲載

日本ルネッサンス特別対談「櫻井よしこ×日本製鉄会長 橋本英二『USスチール買収』の舞台裏と対中戦略」より

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