大学時代に左手に巻かれた「赤い糸」 都内エリートサラリーマンの毒親家庭は一変したが…『運命リセット』 川奈まり子の怪異ルポ《百物語》
これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、怪談の語り部としても活動する川奈まり子が、とっておきの怖い話や不思議な話をルポルタージュ。読んだら最後、逃げ場なし。
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「うちの母は毒親でした」
こう語りだした聡さん(仮名)は29歳、東京都内の有名私大卒だ。大手企業に勤務しながら都下の賃貸マンションで独り暮らしをしている。はた目には、学歴、収入、容姿、どこをとっても恵まれた人のように見える彼だが、家族とは長らく不和だったとか…。
彼が2歳のとき、母が子連れ再婚をした。おそらくこれが原因で、父は再婚後に生まれた実子である妹を溺愛する一方、彼に対しては冷淡で、4歳下の妹は彼を毛嫌いした。
そして、母からは、彼だけが、いわゆる教育虐待を受けたのであった。
物心つく頃から勉強を強いられ、友だちづきあいを制限された結果、学校で孤立。大学生になるまで、同級生と会話らしい会話を交わしたためしすらなかった。
奇妙な女子学生
転機が訪れたのは、第一志望の東大に落ちて、滑り止めの私大に入学した春のこと。父が浪人を許さなかったため、やむなく入学したのだが、そこでAに出逢った。
各サークルのオリエンテーションに沸く春のキャンパスで「占いは嫌い?」と話しかけてきた女子学生がいた。それがAだった。
「別に…」
困惑して言いよどむ聡さんの目をじっと見つめてきたかと思うと、奇妙なセリフを口走った。
「わかった。運命をリセットしたい人なんだね。できるよ。18時にここに来て」
彼は呆れて口が利けなかった。そう言うなり背を向けて立ち去った後ろ姿を見送り、あの種のおかしな手合いとは関わり合いになりたくないと思った。Aはパッとしない外見で、地味な顔立ちだったから、異性として惹かれることもなかった。
ところが、18時になると、なぜか彼の足はAと出逢った場所に向かっていた。彼を見るとAは満足そうにニヤリと笑い、「来たね」と言った。そして、こぶし大の赤い毛糸玉を差し出した。
「この毛糸の先を引き出して、左手に5回ぐらいグルグルッと巻きつけて。巻けたら、私についてきて」
有無を言わせぬ口調だった。こう命令した途端、毛糸玉を持って彼の左隣を歩きだす。すると、彼が手にした毛糸の先と毛糸玉が繋がっているため、みるみる毛糸が引き出されていった。慌てて毛糸を左手に5回巻きつけて、彼女にくっついていったところ、キャンパスから最寄りの東京メトロの駅付近まで5分ほど歩かされた。
「…これでおしまい。結果が気に入ったら連絡して」
彼女はそう言い、名刺を手渡すと、メトロの駅構内へ続く階段を下りていってしまった。奇妙なことに、彼の左手に巻きつけた分を残して、いつのまにか毛糸が裁ち切られていた。
先ほどは並んで歩きながら、Aはいくつか彼に質問を投げ掛け、そのすべてに答えさせられた…という気がしたのだが、その問いも回答も、何一つ思い出せなかった。とりあえず、彼はそそくさと赤い毛糸を手から外すと、とぼとぼと家に帰った。
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