「欽どこ」でマスクを脱いだ「初代タイガーマスク」引退の真相…圧倒的人気を誇ったプロレス界のヒーローに何があったのか

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「もう、疲れたんです」

 1981年4月23日にデビューしたタイガーマスク。実際にテレビでその模様が放送されたのは5月1日(金)だったが、人気は瞬く間に爆発。以降、日本で4試合を消化すると、5月17日よりメキシコに遠征したが、6月3日に愛知県体育館のリング上で挨拶すると、翌4日の蔵前国技館で試合出場。そして、翌日にはまたメキシコに戻ってしまった。挨拶と1試合のためだけに帰国したわけで、早くも圧倒的な人気を思わせるが、これは序の口。WWE(当時WWF)に熱烈に請われ、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)大会に初登場した時のスケジュールは以下である(1982年)。

・8月29日、午後1時から開始の東京・田園コロシアム大会に出場し、ブラックタイガーにリングアウト勝ち。自分の試合が終わると、成田空港に直行し、渡米。
・8月30日、MSG大会に出場(vsダイナマイト・キッド。日本時間では8月31日。日本は時差上、ニューヨークより13時間進んでいる)。
・9月1日、帰国。翌2日の茨城大会より試合。

 シリーズの合間には連日の取材やサイン会。練習は夜、やるしかなくなった。若手の中で唯一、車の免許を持っていた新倉史祐が付き合った(車で自宅まで送り届けられるため)。サングラス着用が欠かせなくなった。素顔が割れていたわけではないが、他の選手の写真に写り込み、「この人誰?」となるのを防ぐためだった。忙し過ぎて、千葉のイベントに出るため、世田谷からタクシーを飛ばすことも。

 そして、タイガーのファンも成長する。目が肥えて来る。ブラックタイガーや小林邦昭が相手ならまだしも、ルチャドールとの試合となると、タイガーに平気で言うようになった。「本気でやってない」。子供は残酷だった。

 一方で、プロモーターに興行を売る“売り興行”になると、担当にこう言われた。「今日も出来るだけ沢山飛んでな。向こうさんはそれで喜ぶから。あの、場外にクルックルッて飛んでくやつも、出来れば頼むよ」(※「スペースフライング・タイガードロップ」のことと思われる)……。

 強さを極めたくて、新日本プロレスに入った。以前も触れたが、会場で練習中、闖入者に「八百長すんなよ!」と言われ、猪木の命を受け、その男を捕まえようと走ったのが、佐山、藤原喜明、前田日明だった。梶原一騎が逮捕され、マスクの額を「III」に変えた日(その40日後に引退するわけだが)、コスチュームも、赤いパンタロンに変えた。理由は一つ。蹴りが極めて出しやすいからだった。可動域が広がったので、この日、初公開の2段蹴りなども披露したが、格闘性を増した新たな出で立ちに、観客の評価は無情だった。

〈観客席の受けはイマイチ。「やっぱりレスラーなんだから……」とか「グラウンド技になると、パンタロンがめくれて見苦しい」など、反対派の声。〉(「月刊プロレス」1983年8月号)

 筆者は2017年、携わっていた民放BSの番組で、小林邦昭にインタビューする機会があった。漏れ聞いていた話を、改めて本人に確認した。

「小林さん、タイガーマスクさんが引退する時、本人から直接電話で引退の報告を受けたとか?」

「うん、貰った。『もう、疲れたんです』と言ってたな……。俺? 止められなかったよ。ずっと彼の忙しい姿を見て来たから……」

 当コラムの1回目に書いたが(※2023年4月16日配信)、佐山聡自身にインタビューした際のことだ。ダイビングヘッドバックを、より遠くのコーナーからする理由を聞いた時、「近い位置で飛ぶと、ヒザを曲げなきゃいけなくなる。そうすると着地時にヒザを痛めることになりますから」と言った後、こう続けた。

「タイガーの動きは、全て格闘技の理に適った動きなのです」

 瞬間、気付いた。それまでにはただ穏やかに応答してくれた口調が、明らかに熱を帯びていたことに。続けて、ラウンディングボディプレスやローリングソバットの、格闘技上の勘所を聞いた。目標点に当てるための極意、軸足の使い方の秘訣etc。心から熱く話してくれたと、今も思っている。

 今年6月12日、タイガーのマスクを被った佐山は、新間寿追悼セレモニーもおこなわれた「ストロングスタイルプロレス」にて前田日明、藤原喜明と、久々に握手をした。そして、前田とともにプロレスラーを育てたい構想を明かした。もちろん、目指す選手像も明かした。

「昭和のプロレスみたいに、実戦を基にした俊敏なプロレスラーを育てましょうと」

 がっちりと手を携えたタイガー、前田、藤原。タイガーは「新間さんが僕らの姿を見て一番喜んでいるのではないでしょうか」と笑った。

瑞 佐富郎
プロレス&格闘技ライター。早稲田大学政治経済学部卒。フジテレビ「カルトQ~プロレス大会」の優勝を遠因に取材&執筆活動へ。近著に「プロレス発掘秘史」(宝島社)、「プロレスラー夜明け前」(スタンダーズ)、「アントニオ猪木」(新潮新書)など。

デイリー新潮編集部

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