関西万博を訪れたITジャーナリストが“未来社会”のイメージを見い出せなかった根本的な理由…「VR映像はもはや未来の技術ではない」

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裏切らなかった抹茶アイス

 太陽が傾きはじめた頃、偶然「おこしやす 京の小路」という販売所を見つけた。キャラクターとしてのミャクミャクは好きでも嫌いでもないが、ここへきて万博万歳のような土産物を買うのも癪に触る。渡りに船とばかりに入り、乾燥湯葉を買い求めた。さすがに京都の物産ならば、何がどうということもある程度以上には理解しているから、安心であることこの上ない。

 外に出てすぐ右に、抹茶ソフトの幟旗があった。暑さに加えて給水機の水の不味さもあり、問答無用で駆け込み注文する。実は昼食にマレーシア館のカレーを食べたのだが、それっぽい香辛料が使われていたものの、どうにも納得感が薄くて不完全燃焼に終わっていた。それだけに初めて美味しいものを食べた気になり、万博への違和感が少しだけ消えた。

 やはり、食こそが命を輝かせる。なのに、なぜ食について掘り下げた展示がほぼないのだろうか。排泄については、整備費が2億円という高額トイレを巡って議論が起きたから、まあ、そこで語られたわけか。

 帰り道、東ゲートからすぐの広場にミャクミャク像があったことに気づく。京都は三条大橋東詰めに鎮座する高山彦九郎の跪坐像を思い出させる、ミャクミャクの「いらっしゃいませ」像だ。来場時に気づかなかったのは、日光を遮るものが何もなく、暑すぎて誰も記念撮影をしていなかったからだ。多くの人が帰途につく18時少し前、20人ほどの行列ができており、そのせいで目についたのだった。

「未来社会のデザイン」はどこ?

 それにしても、「いらっしゃいませ」像とは何事だろうか。ここは大阪だ。「おおきに!」像か「おいでやす!」像ではないのか。「いらっしゃい」を活かすにしても、「いらっしゃい、まいど!」像ぐらいしとかんと、大阪色が皆無やんか。「いらっしゃいませ」て、どこの飲食店でも入り口に置いてある足拭きマットの文言かいな。センスないわー……。

 地下鉄の車内で今日一日を振り返った。要予約や長蛇の列に並ばなければならなかったパビリオンでは、「命輝く未来社会のデザイン」が存分に展示されていたのかもしれない。しかし予約に失敗し、猛暑の中で列に並ぶことを拒否した来場者が平場で体験できる展示からは、「命輝く未来社会のデザイン」を考え抜きましたという未来や革新は感じられなかった。

 詰まるところ行き着くのは、どこにどのようなかたちで「命輝く未来社会のデザイン」が提示されていたのか、「さあ、未来社会へ」という惹句はどこに象徴されていたのか、まるでわからなかったという、腑に落ちずに宙ぶらりんにされたままの感情だった。

 もし自由入場や行列のないパビリオンに行っただけでは万博の企図が伝わらないというのなら、それはイベントとしては失敗なのではないかと思う。それとも事前の調査もいい加減で無計画なまま、闇雲に突撃した私たちに落ち度があるのだろうか。

※第1回【酷暑の万博を訪れた「関西出身の還暦コンビ」が入場前から“熱中症”の危機…人気パビリオンの大行列を目にして「ホンマに死んでまうかもしれんで」】では、午前中から感じた熱中症の恐怖、2025年の万博には「太陽の塔」のようなモニュメントが存在しないことの意味などについて井上氏が詳細にレポートしている──。

井上トシユキ(いのうえ・としゆき)
1964年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業後、会社員を経て、98年からジャーナリスト、ライター。IT、ネット、投資、科学技術、芸能など幅広い分野で各種メディアへの寄稿、出演多数。

デイリー新潮編集部

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