小栗旬、遠藤憲一を輩出?老舗養成所が破産 タレントを広告募集…元社員が見た「夢を売る」ビジネスの舞台裏
応募者から数万円の審査料 胡散臭い、と思うなかれ
それだけ大々的に広告を打っているので、当然ながら応募者も多く、募集は1クール3ヶ月で年に4回の入所オーディションが行われていた。しかも1回の募集で1万人前後の応募があったように記憶する。驚いたのは、履歴書によほどの問題がない限り、応募者全員に「面接日程」を発送していたこと。面接には、およそ2~3割の2,000人程度が会場に詰めかけた。応募者からは1人数万円の審査料を徴収。審査は映画監督やテレビの制作プロデューサーらが担当したが、実際は人物確認程度で、面接者全員に即日合格通知が発送された。
こう書くと胡散臭いと思う人もいるかもしれない。だがこのシステムを知って筆者は「なるほど」と思った。そもそも才能や能力などは、履歴書や1度の面接で分かるはずがない。であればやる気のある人や芸能界に夢を抱く人を、まずは分け隔てなく入所させることは理にかなっている……と理解したからだ。
即日の合格結果の発送も「審査を受けてから熱が冷めないうちに合格通知を送ることが入所率を高める」という理屈から。時間を置いてしまうと意識も薄らぐというわけで、実際、面接者の半数は入所手続きをしていた。入所金(20万円程度だった)を支払わなければならないわけだから、「鉄は熱いうちに打て」が成功していたといえるだろう。
もっとも「こういうやり方で飯を食っていることを心得ておけ」などとも言われたので、手放しで肯定できる仕組みではないという自覚も、社内にはあったのではないか。
とにかく人数が多かったので、レッスンや稽古は本社のあった神楽坂、さらに三宅坂の社会文化会館内の会議室、平川町の貸しビル会議室などで行っていた。クラス分けも大変で、新しい稽古場探しに動いたこともあった。ただし講師陣にはしっかりとした人材をそろえ、現役の映画監督やプロデューサー、テレビ局の現役制作担当者などのスケジュールを調整し講師に迎えた(当然ながら講師料も高額だった)。
ある時、講師の1人だった映画プロデューサーに呼び出され、代々木上原にあった自宅を訪れたことがあった。そのプロデューサーは、さまざまな監督や映画会社、制作会社の名前を挙げ「何だ、知らないのか」「それで教務の担当が出来るのか」と筆者を叱責した。さらに「教務の仕事は、頑張っている子どもたちに夢を与え、最高の演技指導で育てることだろう」と説教された。現場にはたしかな情熱があったのだ。
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