松本潤主演『19番目のカルテ』が教えてくれる 日本の医療と我々には「森」の視点が欠けていないか

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もっと健康に、もっと住みやすく

 安城の血糖値が下がらない理由も見つかりました。愛妻弁当を持参しても、上司や取引先に誘われるたびにランチを食べ、その後、弁当も食べていたので、血糖値が下がりっこありません。しかし、安城はそれを早智にいえずにいました。

 結婚するとき「幸せにする」と約束したのに、自分の病気に巻き込んでしまった。しかも、父も糖尿病で生活の制限が多く、母がそれに付き合って苦労するのを見てきた安城は、早智も同じ目に遭わせてしまうかもしれない、だから子供のことも、老後のことも、すべてが怖い……と、堂々めぐりに陥っていたのです。

 結果として大きなストレスを抱え、それも数値に悪影響をあたえます。徳重医師がいった「疾患」と別の「病」とは、そういう全部をひっくるめてのものだったのです。

 このように病気の背景にはいろんな要素が絡み合っているのに、検査の数値だけを見て指導され、治療されるなら怖いです。精神科医の和田秀樹さんによれば、イギリスでは総合診療医と臓器別診療をする専門医の比率は5対5なのに、日本では内科の医師のうち総合診療医を名乗っているのは2%にすぎないとか。しかも、その人たちも全員が総合診療医としてのトレーニングを受けているとは思われないというのです。

 ただ、日本でも長野県だけは総合診療医的な治療が盛んで、その結果なのでしょうか、長野県は平均寿命が日本でトップクラスなのに、1人当たりの医療費は最低レベルなのだそうです。

 検査の数値に対して薬が処方される医療より(それで十分という場合はそれでいいのでしょうが)、背景の「森を意識」して、疾患でなく病も治せたらいいな――。『19番目のカルテ』を見て、素直にそう思います。いや、医者だけではありません。みんなが「森を意識」するようになれば、みんながもっと健康になるばかりか、この国がもっと住みやすくなるように思えてなりません。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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