川奈まり子の怪異ルポ《百物語》岡山の看護師が病棟で目にした“取り込み中の男女” 2人の姿に以前、目にした光景がフラッシュバックし…… 『話しかける者』

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 これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、怪談の語り部としても活動する川奈まり子が、とっておきの怖い話や不思議な話をルポルタージュ。読んだら最後、逃げ場なし。

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 好美さん(仮名)は岡山の総合病院に三十年あまり勤続している看護師だ。特にいわく因縁のある病院ではないものの、長年の間には奇妙な現象を何度か目の当たりにしたという。

 ことに、2024年5月中旬のある日を境に頻度を増したと思う、とのこと。

 ――その日の午後2時頃、彼女が一階の休憩室の前を通りかかったところ、ガラス張りの壁越しに、顔見知りの70代の男性患者が同年輩の女性といるのが見えた。

 男性の険しい表情と、女性が男性の横に佇んで何か熱心に話しかけているようすから「取り込み中」という言葉が頭に浮かんだ。男性は電子タバコを手にしている。

 女性はジャージ上下で、化粧気のない蒼白い顔をしており、見るからに入院患者風だが、知らない顔だ。一方、喫煙している男性は、彼女が配属されている消化器内科に数年来たびたび通院している、いわば顔見知りだった。

 問題は、彼がここで加熱式の電子タバコを喫っていることだ。院内は電子タバコを含めて全面禁煙なのである。何はともあれ、とりあえず注意するつもりで、つかつかと歩み寄った。

 だが、休憩室の中に入った途端、長椅子の横に立っていた女性の姿が見えなくなった。

 ありえないことだが、まさに煙のように消えたとしか思えない…。驚くと共に、好美さんは、かつて体験したとある出来事を脳裏に蘇らせていた。

 10年あまり前のことだ。休憩時間に旧病棟の屋上に行くと、とんだ場面に出くわした。

 既婚で四十代の勤務医が思索にふけっている体で柵に体重を預けて立っていたのだが、その背中に、薄手のワンピースを着た若い女性が張りついていたのである。女はツル草のように全身で絡みつき、彼の耳もとに唇を寄せて何ごとか囁いている。

 好美さんは咄嗟に踵を返して立ち去ろうとした。

 ところが当の医師に呼び留められ、内心呆れながら振り向くと、そこにいたのは彼一人。女など最初からいなかったかのようだった。

 魔法のように消えた若い女と医師の関係は結局わからずじまいだったが、今回の男性患者についても、話しかけていた女が消えたという共通点があるために、思わず連想した次第で、同時に悪い予感を抱くことになった。

 なぜなら、件の医師は、その数日後に心不全で急死してしまったので。

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