川奈まり子の怪異ルポ《百物語》岡山の看護師が病棟で目にした“取り込み中の男女” 2人の姿に以前、目にした光景がフラッシュバックし…… 『話しかける者』

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嫌な予感は再び…

 しばらくは何事もなかったが、休憩室の出来事から一週間ほど経った5月21日、病院と同じ市内で1日のうちに7件の住宅火災が発生した。1日の火災発生件数としては過去10年で市内最多だったため盛んに報じられ、好美さんもテレビのニュース番組で知ることになった。

 この一連の火災による死者は1名で、民家の焼け跡から焼死体となって発見された。彼女が見た番組では「現在遺体の身元を確認中」と述べるにとどまり、年齢も性別も明らかにされなかった。

 しかし、後日、病院関係者から、それが例の男性患者だったことを知らされた。予感が的中してしまったのである。

 その頃、好美さんは、次の休日に、かつて同僚だった元看護師の女友だちと倉敷市のレストランで食事をする約束をしていた。当日、夕方6時に店の前で待ち合わせをして、現地に向かうと、先に着いて彼女を待っている友人の姿が遠くから認められた。

 だが、よくよく見れば、友人の肩に眼鏡を掛けた中年男性が縋りついて、耳もとに何か囁きかけているではないか。

 ところが友人は、彼女が来たことに気がつくと、満面の笑顔で手を振って合図した。男の存在をまったく感知していないとしか思えない態度だ。異様な状況はこれに留まらなかった。友人に近づくにつれて男の姿が薄れていって、ついには消え失せてしまったのである。好美さんは、こう訊ねてみないではいられなかった。

「さっきまで、ここに眼鏡を掛けた男の人がおらんかった?」

「元ダンナじゃったら、でぇれぇ怖い。あの人も眼鏡じゃったが、最近亡くなったけぇな」

 友人は20代の頃に結婚してたった1年で離婚した。結婚式を挙げず、特にお披露目もしなかったので、好美さんは彼女の元夫に会ったことがなかった。

 さっきの男を思い浮かべて「亡くなるような歳?」と訊くと、友人は首を横に振って、

「私と同い年じゃが、膵臓癌で。共通の知り合いが知らせてくれよった」

 と答えた。

――彼女が交通事故で命を落としたのは、その4日後のことだった。

 以来、勤め先の病院で、患者の枕もとで、あるいは、患者のそばに近々と擦り寄って、一方的に話しかける者の姿をよく目にするようになったのだと彼女は言う。

「病院の外でも見たのは数えるほど。あいつらはたいがい、死期が迫った患者さんのそばに張りついているんですよ」

 話しかける者の姿は老若男女さまざまで、何を言っているのか聞き取れたためしがなかったが、一度、赤ん坊の霊が40代の女性患者の枕もとで、声を限りに泣いていたときは、その後何日も泣き声が耳について離れず、憂鬱な思いをしたとのことだ。

「言葉を覚える前の赤ん坊だったのに、その患者さんも、ひと月も経たずに……」

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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