60歳男性の人生を決定づけた、30年前の「出られなかった電話」 事件はバブルの狂乱の果てに起きた

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マウント合戦する母娘

 義母は面倒見のいい人だったが、どこかプライドが高かった。比佐子さんも気が強いから、実母とたびたびぶつかった。そのたびに彼が仲裁に入るしかなく、「実の母娘の壮絶なケンカ」が彼を疲弊させていった。

「それでも僕は逃げなかった。逃げたかったけど、なるべく早く帰って子どもたちのめんどうをみたり、義母と比佐子がぶつからないよう気を配ったりした。家に帰りたくないことも多々ありましたよ。職場はずっと厳しい状態だったし、景気がよくなった実感なんてついぞなかったし。だからこそ家庭は温かい場所であってほしかったけど、妻も義母も、今でいうマウント合戦ばかりしていた」

 息子が小学校高学年になったころ、義母が転んで骨折し入院、それを機に認知症の症状が出てきた。妻は「私の母だから、私がめんどうをみる。あなたは口出ししないで」と言い出した。そして母をリハビリ病院に転院させ、その後、なかなかリハビリがうまくいかず歩けないので「施設に入れた」と報告してきた。

「あの子は怖い」

「ちょっとびっくりしました。いきなり厄介払いをしたのかと。僕も何度か見舞いに行ったけど、認知症とは思えなかった。高齢者施設に入ってからも、会いに行きましたが、以前のような勢いは義母にはありませんでした。あるとき、義母が僕を手招きして言ったんです。『比佐子には気をつけたほうがいい。あの子は浮気してるよ』って。まさかと思いました。そのとき初めて、義母が認知症というのは本当なんだと思った。でも義母は『あんた、私がボケてると思ってるでしょ。私はボケてませんよ。比佐子に騙されてここにいるだけ。あんたも私みたいな目にあわないようにね。あの子は怖い』って。帰宅してから『お義母さんの様子を見てきたよ』というと、妻は『ありがとう。あなたが優しいから、おかあさんもやっと穏やかに暮らせているみたいね』としみじみ言うんです」

 義母が認知症だとしたほうが、妻も家庭も安定する。少なくとも妻はそういうことにしておきたいのだろうと彼は解釈した。だが彼の耳には、「比佐子は浮気してるよ」「あの子は怖い」と言った義母の声がしっかり残っていた。

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 時代の痛みを乗り越えて幸せを手に入れたかのように見えた貴敏さんだが、なにやら不穏な展開である……。【記事後編】では彼の言う「暴走してしまった」恋愛のてん末を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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