「日本人はタイを支持するんですか――」国境紛争の現地で感じた「カンボジア」の急成長とプライド

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日本人ってそういう意識なんですか

 この国境をめぐる衝突はこれまでも何回も起きてきた。

 しかし、「今回はこれまでと違う」とカンボジア人たちは口をそろえる。衝突が激しくなった7月24日、筆者はカンボジアのシェムリアップにいた。その日の朝、カンボジア側から撃たれたロケット弾がタイ側のセブン-イレブンに着弾。子どもをふくむ12人の犠牲者が出たと発表された。タイは戦闘機でカンボジア側の軍事拠点を攻撃した。

 その直後から、ネット上にはフェイクも含め、さまざまな情報が流れた。カンボジア人たちは、その内容を神経質といえるほどにチェックしていた。

「日本のテレビニュースへのコメントに、『日本はタイを支持している』っていう書き込みがあった。日本人ってそういう意識なんですか」

 シェムリアップに住む日本人向けツアーガイドのPさん(45)は訊いてきた。その手の話題がフェイスブックで飛び交っているという。日本語がわかるカンボジア人はそこまでチェックしていた。

 カンボジア人には、隣接するタイ側のいくつかの県は、元々、自分たちの領土だったと主張する人が多い。国際ニュースに流れる情報にはタイからの発信のものが多く、「今回の衝突で悪いのはカンボジア」ともとれるニュアンスに彼らは反発していた。

 プノンペンに住む日本人のAさん(55)はこういう。

「カンボジアのフン・セン元首相は、首相の座を息子に譲ったけど、今回は前面に出てきた。タイのベートータン首相との電話の内容(タイ首相が自国の司令官を「タイ政府の敵」と呼んだとされる)を流出させ、かつては義兄弟とも言っていたタクシン元首相への非難を口にしている。カンボジアの正当性を強調し、国民のナショナリズムを巧みに煽ってますね」

知られざるカンボジアの急成長

 ここ数年、カンボジアの街では再開発が進んだ。コロナ禍をものともせずに、プノンペン、シアヌークビル、シェムリアップといった主要都市では道路の拡張やニュータウン建設が進んだ。整備されたシェムリアップはまるで公園都市のような快適な構造になった。コロナ禍の当時、その工事を横目で見ながらPCR検査施設に向かった筆者は、カンボジアの高度成長を実感していた。中国の支援があるとはいえ、2023年にはシェムリアップの新空港が開港。今年はプノンペンの新空港も完成する。

 人々の給料もあがっている。プノンペンでは月給1000ドル組はもう珍しくない。シェムリアップの企業で働く人々の給料も、毎年月給ベースで30~45ドルあがっているという。

 昨年、アンコールワットマーケットの新店舗がシェムリアップにオープンした。輸入品がずらりと並ぶ高級店だが、連日、カンボジア人でにぎわう。カンボジア版スターバックスといわれるブラウンコーヒーには、学校帰りの高校生が集まる。コーヒー1杯5ドル以上する。

 カンボジアは確実に豊かになった。背後には中国の存在があるといわれるが、人々は高度経済成長を実感しはじめている。かつてのカンボジアとタイの間には経済格差の溝が横たわっていたが、その深さは年を追って浅くなってきている。自信をつけたカンボジア人は、タイへの対抗心が芽生え、タイとの懸案である国境問題に関心が高まっていく。その意識にフン・センは火をつけたということだろうか。

 6月にはタイとカンボジアの国境が閉鎖された。タイから輸入されていた食品や日用品、通信、電力も停止された。シェムリアップにはタイ企業が進出したセブン-イレブンが何軒もある。そのひとつをのぞいてみた。タイ産の牛乳はなく、ベトナムのダラット牛乳に入れ替えられていた。前出のツアーガイドのPさんはこういう。

「毎朝、セブン-イレブンで冷たいカフェラテを買うんですが、正直、タイの牛乳のほうがおいしい。でも、国境紛争が解決するまで我慢します」

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