「安倍政権はなぜ“勝ちすぎ”が可能だったのか」 政治状況を一変させてしまった参政党の地上戦
誰がやっても3連敗していた
参院選が終わり、自公与党は参院でもトータルで過半数を維持できず、早晩、石破茂首相の退陣は不可避と見られている。自公はなぜ勝てなくなったのか。この不安定な政治状況は日本に何をもたらすのか。
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「石破政権になって自公与党は衆院選、都議選、参院選と3連敗しました。“負けすぎ”た印象はありますが、誰が首相(自民党総裁)をやっても遅かれ早かれそうなっていただろうとは言われています」
と、政治部デスク。
「選挙に連戦連勝だった安倍政権と比べて石破政権は何がダメだったのかといったように3連敗の敗因を探る動きが各所であるわけですが、どれも取ってつけた理屈ばかりのように映ります。例えばキャッチフレーズとか目玉のアピールが弱い、弱すぎるとの指摘もあります。それは確かにそうなんですが、安倍政権も『1億総活躍社会』を打ち出した時にいろんな批判が集まったと思います。『美しい国へ』といったコピーもかなり賛否の分かれるものでしたよね」(同)
なぜ“勝ちすぎ”が可能だったか
「安倍政権には“とにかく選挙に勝ち続ける”という究極の目標があり、本当にその通りになりました。ただ、単に勝つ以上に“勝ちすぎ”た印象で、反動がその後の政権での選挙に出ているように感じます。ではなぜ“勝ちすぎ”が可能だったか。“岩盤保守”の心を掴んだ云々という解説をする人もいますが、最大の理由はほかに選択肢がなかったからですよ。選択肢となる候補に出馬を諦めさせたというのはありますが」(同)
その状況を大きく変えたのが、今回躍進した参政党だ。SNSなどネット戦略が注目されがちな参政党だが、彼らは1人しか当選できない1人区のすべてに候補者を擁立した。
「彼らは地上戦を軽視しなかった。その結果、自民の票は削られて立民を利すなど、与党敗北の流れを作りました。自民は2007年の参院選以来の1人区の負け越しとなりました。その2年後に政権交代が起こります。国民民主はこの動きを見て、今後の選挙では候補者擁立が不十分だったエリアにも候補者を立てることを計画し始めています。選択肢はさらに増えることが想定され、自民の票が削られて立民が漁夫の利を得るどころか、参政や国民民主の候補が1位になりうる状況も生まれてきそうです」(同)
国民民主による“可視化”手法
石破首相は23日に自民党本部で首相経験者の麻生太郎、菅義偉、岸田文雄の各氏と会談したが、もともと党内基盤が弱く選挙で負け続けた石破氏に積極的に手を差し伸べようとする首相経験者はいなかったようだ。再登板をうかがう人物もその中にいるとなればなおのことだろう。
「石破政権というか自公が仮にやり直せるならそうしたいと思っているタイミングがあるとしたら、年収103万円の壁をめぐるやり取りのころではないかと見ています」(同)
昨年の衆院選後、自公は国民民主と「年収103万円の壁」の見直しに向けて合意文書を交わし、これを受けて国民民主は2024年度の補正予算案に賛成することになった。文書では「103万円の壁」の見直しの控除額について、「国民民主党の主張する178万円を目指して来年から引き上げる」としていたが、この約束は反故(ほご)にされ、2025年度の予算で自公は維新を取り込み、これを成立させた。
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