トランプが「ノーベル平和賞」を受賞したらどうなるか プーチンへの不可解な信頼の裏にあるもの…ウクライナ危機の現在地
世界経済を振り回す関税政策をはじめ、「アメリカファースト」を標榜し、同盟国にも容赦なく牙をむくトランプ大統領。従前の国際秩序を軽視するその姿勢がもっとも鮮明に表れるのが、対ウクライナ政策である。ジャーナリストの池上彰氏と増田ユリヤ氏が、プーチン寄りの発言を繰り返すトランプ大統領の“狙い”や、ウクライナ和平の行く末を解説する――。
(前後編の前編)
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※この記事は池上彰氏と増田ユリヤ氏の共著『ドナルド・トランプ全解説』(Gakken)の内容をもとに、一部を抜粋/編集してお伝えしています。
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正義と現実のジレンマ
アメリカをはじめとする各国は民主主義のため、国際秩序のためにとウクライナを支援してきたはずですが、それが「戦争が長引く」理由にもなっています。
国際法に違反してウクライナに侵攻したロシアを追及すべきなのは当然なのだけれど、戦争が3年以上も長引いていることで、莫大な軍事支援も続き、結果としてアメリカの軍事産業が潤っているという側面もあります。
ヨーロッパ各国では、ウクライナ支援が正義であると考える国ばかりではないことも分かります。たとえばハンガリーは、トップがロシア寄り、トランプびいき、西欧の価値観に否定的なオルバン首相ですが、ハンガリーに行くと「結局、アメリカがウクライナを使ってロシアを弱体化させようとしているのでしょう」との意見を口にする人が少なくありません。
2025年3月には、オルバン首相が表立ってウクライナ支援に反対する発言を行っています。オルバン首相とトランプは互いに褒め合っていて、選挙期間中の2024年には何度も会談を繰り返しました。アメリカ国内で、ウクライナに多額の支援を行うことに関して、非難の声が上がっているのも事実です。
アメリカ議会は2022年からの3年間のうちに、ウクライナへの援助として総額1800億ドル(約25兆9200億円)以上を承認しています。この額は欧州各国と比べても突出しています。支援額はアメリカに次いで、ドイツ、イギリス、フランス、日本と続きますが、支援全体のうち4割をアメリカが占めている計算です。
トランプの思惑と野心
トランプは、ノーベル平和賞を受賞するために、早期に戦争を終わらせたいのではないかと見る人もいます。トランプは、第一次政権時の前任者だったオバマ大統領を毛嫌いしていて、オバマ政権がやってきたことをすべてひっくり返しました。オバマ大統領は核軍縮を進めると宣言してノーベル平和賞を受賞しましたが、トランプは自分もこの賞を手にすることで、オバマ大統領に並び、超えたいのでしょう。
第一次政権のときは、安倍晋三首相が請われて、トランプをノーベル平和賞の受賞候補に推薦しています。ノーベル平和賞は受賞から50 年経つと選考過程が公表されるのですが、実は第二次世界大戦前、ヒトラーが政権を取ったころに「今のうちにノーベル平和賞を受賞させて、褒め殺しにして侵略を思いとどまらせるべきではないか」と発案した人がいたそうです。
歴史の「もしも」の話であり、ヒトラーがノーベル平和賞を受賞していたら本当に侵略や虐殺を思いとどまったかどうかは分かりませんが、同じ論理で、トランプがノーベル平和賞を受賞すれば、満足して余計なことをしなくなるのではと考える人はいるかもしれません。
しかし、トランプの場合、むしろ「自分のやり方でいいんだ」と、より過剰な自信を抱きそうです。そうでなくても、トランプも周囲も、政権運営のやり方には何らのためらいもないように見えます。
「アメリカは自国第一主義になり、非介入主義の姿勢を取る」との解説を耳にしますが、実際には欧州も国連も飛び越え、トランプがトップダウンで世界の大勢を決めるがごとき振る舞いです。会談でのゼレンスキー大統領への態度には、このことが如実に表れているのではないでしょうか。
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