“薬物をキメた恋人”がナイフで自分の太ももをメッタ刺しに…まじめで成績優秀な「女子大生」はなぜ人生をやり直せなかったのか?
「お父さんの世話もしたいし、子供も産みたい」
彼女は帰国後、近所のクリニックでザナックスに類似する抗不安薬と睡眠薬を処方してもらっているという(相互作用が出る場合があるので慎重を要するが)。さらに、市販薬のメジコン(デキストロメトルファン=鎮咳薬)を買って一緒に大量を飲むこともあるそうだ。
――皮膚に湿疹も出ているし、依存や腎臓障害など色々な問題が生じているはずだ。お腹の子にも悪い影響を及ぼしかねない。いま一番辛いことは何だろう。今後どうしたい?
「立ち直りたいです。お父さんの世話もしたいし、子供も産みたい」
亜紀さんの眼差しが輝きはじめた。それで筆者は、姉妹に次の提案をした。
――リセットしよう。明日にでも妊娠と周辺の問題を婦人科で説明。その際、HIVなどに感染していないか検査を受けよう。やはり総合病院がいいな。外科、眼科、婦人科、内科、そして依存やメンタル面に対応する診療内科もある。彼のことや、その他のことは意識しないでいい。LINEやメールがあれば保存しておくこと。もし日本に来ると言い出したら私に伝えなさい。
姉妹は少し穏やかな表情になっていた。筆者は「難しい問題だが、家族全員で対応すればなんとかなる」と考え、ここでヒアリングを終了した。施設から戻った車椅子の父親が涙ぐんでいたのがとても印象的だった。
「ごめんね。もうこれ以上は無理なの」
それから半月後の夜のことだ。妹の沙紀さんから電話をもらった。
「お姉ちゃんが早産しました。母体は問題ないのですが,発達が不十分で未熟な臓器や器官系に原因があったようで、赤ちゃんは亡くなっちゃいました。お姉ちゃんは“私のせいだ” と激しく自分を責めたてています」
欧米では妊婦のオピオイド摂取が胎児の生命や健康に影響を及ぼしている。生を受けて直ぐに命を落とす子もいる。実に悲しい話だ。違法なザナックスには強オピオイドの“フェンタニル”が混入されている。亜紀さんのケースもフェンタニルなどが影響したのか知れない。
――危ないな。彼女から目を離さないように。直ぐに精神科の先生にも事情を話すこと。
そう伝え、一度見舞いに行ったものの、それから1ヵ月後に亜紀さんは亡くなった。
「色んなクスリを過剰摂取して、自傷もしていたみたいで、間に合いませんでした……。メモが残っています。“沙紀、ごめんね。もうこれ以上は無理なの……。お父さんと瀬戸さんに謝ってほしい”。もう少しで元の生活に戻れたはずだったのに……」
薬物事件に長くかかわると、人の死に接することは珍しくない。だが,今回の顛末はあまりに悲し過ぎる。私が密葬に駆けつけた際、沙紀さんに支えられた父親が私の手を握ってきた。言葉はなかったが、あふれる涙が悲しみとお礼を伝えていたような気がする。
[3/4ページ]