「性欲処理も命懸け」「2日目のカレーは要注意」 5000体以上の遺体を解剖した法医学者が明かす「高齢者の死の落とし穴」

ドクター新潮 ライフ

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骨折してそのまま寝たきりに

 慢性硬膜下血腫の話と同じく、布団の中で亡くなったものの老衰ではないケースとして、「転倒が引き金の死」が挙げられます。

 転んだくらいでは、骨を折ることはあっても死ぬことはない。そう高をくくるのは禁物です。骨密度が低下した高齢者が転倒すると、大腿骨などの大きな骨が折れやすく、そのまま動くことができずに布団の中で寝たきりとなり、肺炎などを併発して死んでしまうことがあるからです。布団に寝たまま“大往生”を遂げていても、死後に撮影したエックス線画像で大腿骨が折れていることが分かれば、私たち法医学者はこれを老衰とは判断しません。

飲み込みやすそうな食べ物ですら……

 従って、高齢者はとにかく転倒を防ぐことが大事になってくるわけですが、年を重ねるとふくらはぎなど足回りの筋力が低下してつま先が下がる「下垂足(かすいそく)」になりがちで、そのため、ふとしたことでつまずきやすくなってしまいます。足を前に踏み出す際に太ももやつま先をしっかり上げて歩くことで、下垂足による転倒リスクを低減し、「死の落とし穴」を避けることを心がけてください。

 次に近年、高齢者が“死に至る病”として恐れているものの一つであり、日本人の死因の第6位に位置する「誤嚥性肺炎」について取り上げたいと思います。

 高齢者が誤嚥しやすい理由としては、咀嚼(そしゃく)力の低下だけではなく、誤嚥を防ぐ「咳嗽反射(がいそうはんしゃ)」の力の衰えが挙げられます。食べ物が誤って気道に入ってしまった際、脳が「これは気道ではなく食道に入るべきもの」と判断し、とっさに「むせる」ことによって、私たちは誤嚥を防いでいます。この「むせ」を医学的に咳嗽反射と呼ぶのですが、動脈硬化などが進んだ高齢者の脳の中には、ごく小さな脳梗塞ができているケースが少なくありません。

 自覚症状はなく、命に関わる状態でもないものの、その脳梗塞は咀嚼や嚥下、そして咳嗽反射の機能を低下させてしまいます。結果、食べ物が誤って気道に入っても、むせることができずに肺に至り、誤嚥性肺炎となってしまうのです。

 そして、咳嗽反射が十分にできないことの恐ろしさは、餅などのいかにものどに詰まりやすそうな食べ物に限らず、一見、飲み込みやすそうな食べ物でものどに詰まってしまう点にあります。

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