生誕100年「ポール・モーリア」いまだ褪せない楽曲の魅力とは 大ヒット曲「恋はみずいろ」に秘められたエピソード

エンタメ

  • ブックマーク

《恋はみずいろ》に使用された「古典楽器」とは

《恋はみずいろ》を編曲・録音するにあたり、ポールは、こう語っている。

「わたしはこの曲が大好きでした。そしてこの曲が『ユーロビジョン・ソング・コンテスト』で優勝しなかったことを残念にさえ思っております。わたしはこの曲の録音がほとんど終りかけたころ、つまり土壇場で、わたしはその曲に、とりわけ前奏部分にクラブサンを入れることに決めました。聴衆の耳にとまり、国際的な成功に恵まれたのは、おそらくこの最後の瞬間のこの部分にあったのではないでしょうか。」(『ポール・モーリア』セルジュ・エライク著、南部全司・山崎俊明著、2008年、審美社刊より)

「クラブサン」とは、「チェンバロ」のフランス名である。実は、これこそが、決定的要因のひとつだった。ポップスのイージーリスニングに「チェンバロ」を加える――前例がなかったとはいえないが、少なくとも、これほどはっきりとチェンバロを入れたのは、まさに音楽における“コペルニクス的転回”であった。

 チェンバロは、バロック音楽における主役である。古風な響きをもつ鍵盤楽器だ。ポール自身、あるインタビューで「わたしの編曲の基本は、バロック音楽です」と語っている。

 実は、ポールがチェンバロを起用したのは、これが初めてではなかった。フィリップス社は、自社の「ポール・モーリア・グランド・オーケストラ」を当時のライバルだった、パテ=マルコニー社の「フランク・プールセル・オーケストラ」に対抗できる楽団に育てたかった。それには“独自の音色”が必要だ。

「わたしはある打開策を採ることにしました。つまり、それは、ピアノが重要な役割を演じているときに、ピアノと同じ音をクラブサンに弾かせるという案です。(略)わたしにとって、その結果は上々のように思われました」(前掲書より)

 初期ポール・モーリア・サウンドには、すでにこの「チェンバロ+ピアノ」の響きが随所で聴かれる。それを、徹底的に開花させたのが《恋はみずいろ》だったのだ。

 しかし、単に音色のユニークさだけを求めたのだとは思えない。この曲のアメリカでの英語題は《Love Is Blue》である。「Blue」は、文字通り「青」「水色」だが、もうひとつ、英語では「ゆううつ」「せつない」といったニュアンスもある。しかもアメリカには、「Blues」(ブルース)と呼ばれる渋い音楽ジャンルがある。アメリカ南部で、アフリカ系のひとびとから生まれた黒人霊歌や労働歌がルーツといわれている。使用される独特の音階は「Blue Note Scale」(ブルー・ノート・スケール)と呼ばれ、名門ジャズ・レーベルや、ライヴ・クラブの名称となっている。

 つまり、アメリカで「Blue」は、色の名称のみならず、もっと深いニュアンスとして受け止められたのだ。《恋はみずいろ》というよりは、《恋はゆううつ》……おそらくポールは、この曲を初めて聴いたときから、そんなニュアンスを感じ取っていたのではないだろうか。それを、ヨーロッパの古典楽器「チェンバロ」で表現した。だがチェンバロは、アメリカでは、ほとんどクラシック・ファンにしか知られていない。バロックの音が、現代的なポップスのなかで響く――その組み合わせは、アメリカ人には実に新鮮だった。そして、古典好きでクラシック・ファンが多い日本人にもピッタリはまった。

次ページ:音楽に「品格」があった理由

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。