大学で「足し算」「かけ算」を教える意味はあるのか? 実際に教えた数学者が「ある」と胸を張るワケ

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3桁同士の掛け算を学ばない「ゆとり教育」

 つぎに「四則計算」について。2002年から始まった「ゆとり教育」では、「2桁同士の掛け算ができれば3桁同士の掛け算などもできる」という誤った考え方に基づき、3桁同士の掛け算は学ばなくなった。筆者は当時、その考え方は間違っているとあちこちで訴える活動を開始した。その根拠としての精神は、「帰納的な発想」の考え方に支えられたものである。次々と牌(はい)が倒されていくドミノ現象や、次々と紙が引っ張られていくボックスティッシュの構造に目を向けて、ひとつの操作が連鎖して結果が出る動きと、掛け算の筆算での繰り上がりを対比させて眺めたからである。

「ゆとり教育」の結果、2006年7月の国立教育政策研究所の報告(小4-中3、約1万9000人対象)の中では、次の結果が発表された。小学4年生を対象とした「21×32」の正答率が82.0%であったものの、「12×231」のそれは51.1%に急落。小学5年生を対象とした「3.8×2.4」の正答率が84.0%であったものの、「2.43×5.6」のそれが55.9%に急落……。

 間もなく筆者は文部科学省委嘱事業の「(算数)教科書の改善・充実に関する研究」専門家会議委員に任命され(2006年11月~2008年3月)、掛け算の桁数の問題、四則混合計算の問題、小数・分数の混合計算の問題、等々についての持論を最終答申に盛り込んでいただき、その後の学習指導要領下の算数教科書は改善されてきた。

 四則混合計算の規則は「計算は原則として式の左から行う」「カッコのある式の計算では、カッコの中をひとまとめに見て先に計算する」「×(掛け算)や÷(割り算)は+(足し算)や-(引き算)より結びつきが強いと見なし、先に計算する」の3つである。この規則を守って計算する限りにおいては、同一の四則混合計算問題は、誰が行っても答えはただ一つに定まるという「一意性」の説明にも言及する。一意性は、符号理論などを見ても分かるように、情報化社会においてはとくに重要な概念である。

 余談であるが、最初の規則である「左から行う」を書いてなかった算数教科書が長いこと流通していた。幸い、「(算数)教科書の改善・充実に関する研究」専門家会議委員(前出)のときに、その版元に会う機会があったので、その社の教科書を訂正していただいた次第である。

 四則混合計算のおさらいとして、「格差」を測る指標となっている統計の「ジニ係数」も、講義では具体的に触れた。ついでに、統計データの見方として重要な、質的変数の名義尺度と順序尺度、および量的変数の間隔尺度と比例尺度、それぞれについても説明した。

「約数と倍数」「方程式と不等式」

「約数と倍数」について。2、3、5、7、11、13、17、19、23、……のように、1とそれ自身以外では割り切れない2以上の整数を素数という。紀元前300年ごろのギリシャの数学者ユークリッドは、素数は無限個存在することを背理法で証明した。ところが2006年に、サイダックという数学者が非常に分かり易い(背理法でない)証明を発表し、算数の知識で理解できるこの証明法を授業や拙著で紹介した。素数は現代の符号理論や暗号理論等の基礎として必須なものである。

 最後に「方程式と不等式」について。整数の不定方程式に興味・関心を抱かせるために、講義では、次の「誕生日当てクイズ」を行って、カラクリを説明した。誕生日当てクイズ:生まれた日の数を10倍してください。それに生まれた月の数を加えてください。その結果を2倍して、それに月の数を加えてください。いくつになりましたか(出前授業では、最後の結果の数から生徒の生まれた月と日の数を当てて喜んでもらった)。

 また講義では「すべて(all)」と「ある(some)」の用法を、「クラスのすべての学生はスマホをもっている」「クラスのある学生の身長は190cm以上」の否定文を述べる形で説明した。さらに「3x-2x=x」は「すべての数で成り立つ恒等式」であり、「3x-2x=1」は「ある数xで成り立つ方程式」であることを強調する。背景には、「すべて」と「ある」の用法の理解が、大学数学の微分積分や線形代数の理解にとって極めて重要であることにも言及する(拙著『新体系・大学数学入門の教科書(上・下)』ブルーバックスを参照)。

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