大学で「足し算」「かけ算」を教える意味はあるのか? 実際に教えた数学者が「ある」と胸を張るワケ

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微分積分はできても……

 筆者は最後の本務校に勤めてから数年後に、補職として就職委員長をお引き受けした。その頃は大学生就職難の時代で、まず様々な調査を行った。その結果として、非言語系の就活適性検査の問題はどれも「算数+α」の知識で解けるが、それが意外と苦手な学生が少なくなかったことがわかった。ただし、そのような問題が苦手な学生でも、微分積分の計算を得意とする学生は多くいたのだ。現在の広範な大学生でもその傾向は同じであり、「算数+α」の知識で易しく解ける適性検査の参考書・問題集が、全国の書店でよく売れていることからもそれはわかる。

 なぜ、大学で「四則演算や方程式」を教える必要があるのか。それは学生が「低学力」だからではない。現在の大学生の多くは小学校の算数段階から「やり方」中心の暗記教育を受けてきて、「理解」の教育は限られた場合になされてきたからだ。応用面を含む専門的な内容を教育するためには、基礎的な内容の指導を「暗記」でなく「理解」の立場からきちんと指導しなくてはならない。よって大学でも教える必要がある。

 以下、講義で述べた内容の一部を紹介しよう。

実際に何を教えたのか?

 まず、「割合%」について。現在の社会では「割合%」はとくに重要な概念である。しかし、それを苦手とする青少年の多さは、以下のような全国学力テストの結果でも示されている。

 2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年対象)で、10%の食塩水を1000グラムつくるのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題された。「食塩100グラム」「水900グラム」と正しく答えられたのは52.0%に過ぎなかった。実は1983年に、同じ中学3年を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000グラムではなく100グラムにした同一内容の問題が出題された。この時の正解率は69.8%だったのである。29年間で、約2割も正解率が下がることは異常である。

 なぜ「割合%」の問題が深刻になってきたのであろうか。それは「比べられる量」「もとにする量」「割合」それぞれの意味を理解させる前から、それらの関係式を暗記させる教育が当たり前のようになってきたからである。「~の…に対する割合は@%」「…に対する~の割合は@%」「…の@%は~」「~は…の@%」の4つの表現がどれも同じ意味であることの教育が欠落していたのであり、「割合%」の問題が苦手なまま大学生になってしまう若者は、むしろ「教育の犠牲者」だと考える。

 ちなみに、2006年の秋に「今の景気の拡大期間は『いざなぎ景気』を超えた」というニュースがあった。これは、02年2月に始まった景気拡大が06年11月で58カ月目となり、1965年11月から4年9カ月に亘って続いた「いざなぎ景気」を超えたことを報じたものである。そのときのニュース報道には、「いざなぎ景気」の年平均成長率を11.5%とするものと、14.3%のものの2つがあった。

 当時、この件を不思議に思って考えたところ、前者は「相乗平均」(掛け算の平均)の発想で正しいものであるが、後者は「相加平均」(足し算の平均)の発想で誤ったものであることが分かった。これに関しても、詳しい解説を講義で扱ったが(上記拙著を参照)、社会人になる前に理解しておくべき内容だろう。

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