27年の時を経て文庫化…虫プロのカルト映画「哀しみのベラドンナ」山本暎一監督が遺した“まぼろしの時代小説”とは

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 新潮文庫の6月新刊のなかに、異色のタイトルがある。『大江戸春画ウォーズUTAMARO伝』だ。実はこの著者、山本暎一(1932~2021)氏は、「鉄腕アトム」や「宇宙戦艦ヤマト」にはじまり、近年では、監督作品「哀しみのベラドンナ」がカルト的な再評価を得ている、伝説のアニメーターなのである。

 本書は、そんな山本暎一氏の“まぼろしの小説”なのだという。実は、本書の企画・編集を担当したのは、デイリー新潮にもしばしば寄稿してくれている、新潮社OBの編集者・ライターの森重良太さん。いったい、どのような経緯で刊行に至ったのか、また、山本暎一氏は、どのような仕事をしてきたひとだったのか。さっそく解説していただいた。

27年間、倉庫で眠っていた原稿

 本書の原稿が27年ぶりに“再発見”され、今回の刊行に至った経緯は、文庫巻末の解説でかなり細かく綴ったので、ここでは概要をご説明します。

 新潮社本館の横に、1959(昭和34)年竣工の倉庫があります(この春、「登録有形文化財」に”内定“しました)。ただし、これまでは商品倉庫ではなく、社員の資料などの保管倉庫と化しておりました。昨年春、その倉庫の一部がギャラリーとして改装されることになり、内部を整理するよう、会社から連絡がありました。さっそく整理をはじめると、大量の段ボール箱のなかのひとつから、この原稿が出てきたのです。

 それは、1997年に、山本暎一さんから、送られてきた原稿です。わたしは、山本さんの著書『虫プロ興亡記 安仁明太の青春』(1989年、新潮社刊)の担当編集者でした。後述しますが、山本さんは、虫プロ創設メンバー、いわば、日本のアニメーションの開拓者のような方なのです。しかし諸般の事情で、この原稿は、当時は本にすることができませんでした。

 これは、江戸寛政期を舞台にした、絵師・歌麿の青春時代を描いた時代小説です。しかし、さすがに“伝説のアニメーション作家”の筆だけに、尋常な時代小説ではありません。魔物やつくも神が登場し、奇想天外、妖艶怪奇。幕府や藩政治に対する“反骨”も十二分に描かれています。もちろん、いま大河ドラマで話題の蔦屋重三郎も重要人物として登場します。

 まるで、山本さんの声が天上から聞こえてくるようでした――「来年(2025年)の大河ドラマは、蔦屋重三郎だそうじゃないですか。来年こそ、刊行のチャンスですよ」。

 この原稿は、幸い、新潮文庫で刊行できることになり、連絡先不明だったご遺族を探し出し、承諾を得て、今回の出版となったわけです。

「日本初」の連続TVアニメーション

 では、この山本暎一さんとは、どういう方だったのでしょうか。上述、『虫プロ興亡記』をもとに、その業績をたどってみましょう。なお、この本は小説スタイルですが、アニメーションにまつわる部分はほぼ実名・実話です(以下、《  》部分は、同書からの引用。数字は洋数字に変換、また、一部表記を変更した)。

 山本さんは子供のころから、漫画映画(アニメーションのむかしの呼称)のファンでした。高校卒業後、漫画家・横山隆一が主宰する「おとぎプロ」を経て、1961年、手塚治虫が創設する「虫プロダクション」に入社します。最初の仕事は、38分間の映像詩『ある街角の物語』の演出・原画・編集担当でした。この作品は、芸術祭奨励賞などを受賞し、山本さんは順調なアニメーション作家人生を歩みはじめます。

 やがて虫プロは、“安定収入”を求めて、毎週30分枠の、連続TVアニメーション番組への進出を検討しはじめます。しかし……。

《そのころ、東映動画で、1時間半の長編を1本つくるのに、350人くらいのスタッフが従事して、6、7千万円の製作費と、1年から2年の期間がかかっていた。30分のテレビ番組を毎週放送するとなれば、(略)計算すると、3000人以上のスタッフと、1本2000万円もの製作費が必要になる。(略)これでは、テレビのアニメ番組をつくるなど、まったく不可能で、考えるだけでもナンセンスだ。》

 これでは、毎週毎週、話をつくるだけでも大変です。しかし……「鉄腕アトム」なら、原作が山ほどある。この案を山本さんたちスタッフから聞かされた手塚治虫は、即座に「やりましょう」と答え、虫プロ内は、「テレビ部」と「映画部」に分かれるのです。

 ただし、省力化をはかるため、新しいアニメーション制作スタイルが“開発”されました。たとえば……。

《トメ…なにかを見ているキャラクターの顔のアップなど、動かさなくてもそうおかしくないものは、トメ画にしてしまい、動画1枚ですむようにする。
 くりかえし…歩いたり走ったりするキャラクターの動きは、フレームの一箇所でくりかえしの動画にして、背景のほうをスライドさせる。こうすると、いくら長くキャラクターが歩いたり走ったりしても、動画枚数は6枚から12枚ですむ。
 口パク…セリフをしゃべる演技は、顔をトメにし、口だけ、部分的に動かす。(略)閉じたのと、大きく開いたのと、中間のと、3種類だけにし、3コマ撮りでランダムに繰り返す。これだと、動画が4枚あれば、いくらでも長セリフが可能になる。
 兼用…同じ動画を何カットにも兼用する。似たような演技なら兼用でまにあわせてしまい、演技のデリケートなちがいなど無視する。》

 演出や作画で参加していた山本さんは、こう綴っています。

《こんな粗雑な仕事をするのは、それまで精巧緻密なフル・アニメーションの表現にアニメーター生命をかけてきた一同にとって、自分を否定するにひとしい屈辱的なことだったが、テレビアニメの実現のためには。耐えるしかなかった。》

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