まじめ一筋で女性を知らずに結婚…「おそらく妻も」 お店で特訓して臨んだ49歳夫“試練の夜”の結果は

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友人たちに「化石」と呼ばれるまじめさ

 太一郎さんは、徐々にではあるが、以前にもましてまじめに実直に堅実に生きていくのがいちばんだと考えるようになっていった。受験生だった妹は一時期、受験はしないと言っていたが、母に説得されて受験、無事に大学生となった。

「父の死後は僕も時給の高いアルバイトをするようになったけど、母からは『おとうさんの保険もある。とにかくなんとかなるから、ちゃんと勉強して卒業して』と言われました。のちのち社会に出ていろいろな人に会うようになると、うちの家族って全員、本当にまじめだなと思いましたよ。でも、もうまじめなのが普通だから……」

 学生時代、太一郎さんは朝まで遊んだことがない。それがイコールまじめとは言わないが、20歳過ぎて友だちと飲みに行ったとしても夜10時くらいには帰途についていた。繁華街での夜遊びからイメージされる猥雑な感じが嫌だったらしい。

「いわゆる合コンも出席したことがありません」

 キャバクラにも風俗にも行ったことはない。女性が嫌いなわけではないのだが、きちんと女性とつきあったこともなかった。友人たちには「化石」と呼ばれていたそうだ。

「一般企業に入社してからも、僕は変わらなかったし、変わりようがなかった。趣味は卓球とスキーです。父の故郷が雪国だったから、小学校中学年になるとひとりで親戚の家に行っていました。雪と戯れながら滑っていくのがたまらなく気持ちがよかったんです。卓球は小学生のときの友だちの家が卓球場だったので、よくただでやらせてもらっていたんですよ」

「ただまじめなだけ」

 社会人になると、この2つは太一郎さんの“武器”になった。社員旅行で行った旅館に卓球台があり、即席の大会が開かれた。太一郎さんはぶっちぎりで強かった。最後は学生時代、卓球選手で鳴らしたという隣の部署の部長だったが、忖度なく全力で闘って勝った。部長は50代、太一郎さんは20代と体力の差があったからだと彼は言うが、忖度なし、部長と1対1なのに緊張すらしていないことから、周りの彼を見る目が変わったようだ。

 まじめに仕事に取り組み、むずかしい仕事にも粘り強く向かっていく姿勢は、年月が経つほど評価されるようになった。20代後半、彼は社内の中枢である開発局に異動となった。

「僕は地味だし人づきあいもよくないし、ただまじめなだけ。でもそんな人間がいてもいいかもしれないということになったようです」

 なんとなく引っかかる。企業にとって、こういう人は使い勝手がいいのかもしれない。利用されて責任を背負わされる。そんなイメージがわいてしまう。もちろん、企業人にとって、それが決して悪いことばかりではないだろうけれど。

小中高大と女子校育ちの妻

 35歳になる年、太一郎さんは上司に紹介された、5歳年下の淑子さんと見合い結婚をした。

「上司は、とにかくまじめな男だ、上に気に入られるために仕事をするタイプではない。実直でいいやつだと触れ込んでくれたようです。彼女はいい家のお嬢さんだったから、そういう人が僕と結婚するわけはないと思っていました。でもどういう風の吹き回しか、彼女は僕を気に入ってくれたらしい」

 彼女は小学校から大学まで私立の女子校で育ち、刺繍や料理を人に教えていた。それを仕事にしているというよりは、人に乞われれば自宅で教室を開くというタイプの教え方だ。

「ま、お金持ちですから。でも何度か会って、母や妹にも会わせたんですが、淑子は『あなたはいい家庭で育ったのね』と言うんです。オヤジは工場で働いていたし、早くに死んじゃったからうちは貧乏だったんだよと言いましたが、『お金があるなんて、ろくでもないことだったりするわ』って。妙に寂しそうでしたね」

 淑子さんの母方が会社を経営しており、母はいつも家にいなかった。父は会社員だったが、母には頭が上がらず、家にもめったに帰ってこなかった。広い家で、小さい頃の彼女はいつもお手伝いさんの給仕によってひとりで食事をしていたという。

「私のことをわかってくれるのは犬だけ、と彼女はよく言っていました。結婚したときも10歳になるフレンチブルドックを連れてきた。連れてきたといっても、彼女の両親が買ってくれたマンションですけどね。夫婦ふたりなのに4LDKもある広さで、彼女はそれでも『ちょっと狭いわね』と言っていました。金銭感覚は違うけど、彼女は『なんとか精神の自立をはかりたいの』と言ってしまうようなタイプだから、善人なんだなと思いました」

 結婚後も淑子さんが親から経済的に援助を受けているのは知っていた。自分の給料だけで、彼女が生活していけるはずもない。だからそういうところには目をつぶった。それ以外では、ふたりはけっこう馬が合ったという。

「彼女は食べるものや洋服などには全然、贅沢をしないんです。高校生になってからは自分が食べるものはほとんど自分で作っていたというくらいで料理がうまい。大学を出てから料理の専門学校に通ったこともあるそうです」

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