オーバーツーリズム批判は外国人差別か? 富士山で連続遭難した中国人大学生に批判が殺到…専門家は「地元住民のケアと外国人排斥は無関係」

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オーバーツーリズムの本質

 事実、UNTourism(国連世界観光機関)は公式サイトで、オーバーツーリズムを《デスティネーション全体又はその一部に対し、明らかに市民の生活の質又は訪問客の体験の質に悪い形で過度に及ぼされる観光の影響》と定義している。

 観光客の増加がオーバーツーリズムの原因なのであり、観光客が外国人か否かは関係ないことが分かる。

 ところがSNSで外国人観光客の排斥を主張する投稿も、外国人観光客を擁護する投稿も、同じように「オーバーツーリズムを引き起こすのは外国人観光客」との前提に立っているのは興味深い。

 Xを見てみよう。前者であれば「埼玉県川口市のクルド人問題や、日本各地で起きているオーバーツーリズムの弊害を見れば、日本で外国人の排斥運動が起きるのは理解できる」という主張となる。

 後者の場合は「国はオーバーツーリズムに対する抜本的な対策を講じなければ、外国人嫌悪や外国人排斥の運動は盛んになる一方だ」という訴えになる。

 だが専門家は、「外国人観光客だけでなく、日本人の観光客が押し寄せてもオーバーツーリズムの問題は発生しますし、これまでも発生してきました」と論点の誤りを指摘する。

地元住民の複雑な本音

 オーバーツーリズムに詳しい立教大学観光学部観光学科の西川亮准教授は「日本人観光客によるオーバーツーリズム」に関する豊富な知見だけでなく、貴重な実体験の持ち主でもある。オーバーツーリズムの本質とは何か、話を訊いた。

「1995年に阪神淡路大震災が発生した時、私は小学生でした。被災地を焼き尽くす火災に強いショックを受け、『安全安心な街づくり』に関心を持つようになったのです。大学で都市計画を専攻し、防災を研究するつもりだったのですが、私が大学生だった2000年代は日本で巨大災害が皆無という珍しい時期と重なりました。それ自体は良いことなのですが、私の都市に対する関心も徐々に変わっていきました。都市計画と聞くと、大規模な再開発や行政の計画が想起されますが、私が関心を持ったのは古い町並みの保全活動という都市計画でした。大学院生の頃に、千葉県香取市の佐原、愛知県豊田市の足助、広島県福山市の鞆の浦といった古い町並みが保存された地域と関わりがありました。地元のまちに対する想いを聞き、まちの将来を構想するにつれ、地元住民の複雑な本音に直面することになりました」(同・西川准教授)

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