【前編】ピン子もえなりくんも不在だった「AI橋田壽賀子」脚本の「渡鬼」 辛口コラムニストの本音評価は?
画のついたラジオドラマ
アナ:メカ壽賀子ではなくAI橋田壽賀子ですね、公式には。で、始まってみて、どうでしたか?
林:羽田健太郎のあのテーマ曲が流れただけでタイムスリップしたね、古き懐かしき平成時代に。ドロロロロンとティンパニーが連打された後、チャイコフスキーとラフマニノフが辛気臭さを競って書いたような、あのピアノの速弾き。
アナ:ああ、わかります、わかります! 曲の頭でタラタラタラタラタラタラタラタラって上から駆け足で降りてくるピアノですよね。
林:そうそう。そして、またあのナレーション、石坂浩二の! かつての万年青年の兵ちゃんも今83歳。さすがに声にはやや老いを感じないわけじゃなかったけれど、まだまだ達者で、羽田の音楽と兵ちゃんの語りを聞くだけで軽く30年は時を遡れましたわ。
アナ:いや、同感です。
林:そもそも「渡鬼」って昔っから「音だけ聞いていれば筋がわかるラジオドラマに画がついた」と言われてきてたでしょ。人物の心情も状況の説明も何もかも、すべてを長ゼリフに詰め込んで処理する壽賀子スタイルの典型みたいな作品で。
アナ:セリフの重要度が高いラジオドラマのような作品ということは、脚本の重要度も高いということですよね。
林:そのとおり。画の勢いで話を回せるようなタイプのドラマ、たとえばアクションものとかホラーものとかなら、脚本がユルくても芝居や演出、撮影とかで結構カバーできるけれど、壽賀子モノだとそうはいかない。だから今回、すごく注目してたのよ、ホン(脚本)担当がメカ壽賀子だと聞いたときから。
アナ:AIがどこまで「渡鬼」ワールドを再現できるのか、あるいはひょっとしたらオリジナル壽賀子を凌駕するのか……ということですね。で、そのAI橋田壽賀子による脚本の出来はどうでした?
林:いや、驚いたのなんの。飲んでた昆布茶、噴き出したよ!……なんてリアクションしたほうが、みんな喜ぶかもしれないけれど、実際は……まず、ちょっと冷静に分析してみますか。
アナ:はい。
違いがわからない?
林:脚本にはいくつか要素があって、とりあえず大きく2つに分けるとストーリーとセリフ。このうちまずストーリーのほうから見ていくと、正直なところ、どこまでメカ壽賀子の作なのか、見ている側にはわからなかったなぁ。
アナ:お、それは生前の橋田さんの作と区別するのが難しいくらい、いい出来だったということですか?
林:そういうことになるかね、良く言えば。「メカ壽賀子はここが壽賀子と違う!」とはっきり指摘できるようなポイントは見当たらなかった。ありし日の壽賀子のホンがどこまで「いい出来」だったかのかという問題は別にあるけれど、そこはさておき今回のメカ壽賀子作の脚本でストーリーについて考えるときに困るのは、どこまでがAIによるものかの判断が作品を見ている側にはわからないこと。
アナ:ああ、そうか。スタジオジブリ調のアニメ絵を出力するAIが話題になりましたが、あれはAIが単独で勝手に描いたわけじゃないですもんね。
林:それそれ。大前提としては、まず本物のジブリの動画、あるいは静止画を大量にAIに読み取らせて学習させる必要があるわけですが、その後で重要なのは、ジブリ調の絵を描かせる側の人間がAIにどんな指示を出すか。
アナ:そうですね。
林:たとえば「トランプとゴルフをしていてバンカーに転げ落ちた安倍チャン」のジブリ絵の場合、そんなふうに人間側が言葉で指示するか、あるいは実際の現場を撮った画像を読み込ませるかする必要がある。
アナ:ちょっと不穏当な例ですが、まぁわかります。
林:AIが書いたという脚本のストーリーについても、まず制作側の人間が全部で500本以上ある壽賀子作の「渡鬼」のホンをすべて、あるいはかなりの量をメカ壽賀子に読み込ませて学習させてることは間違いない。でも、そのうえでAIにどんな指示を出したのかはわからない。
アナ:なるほど。
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