ニセモノ論争が浮上した「土偶」の真贋 専門家は「完形の土偶はめったに出土しない」「作り手の個性が出すぎ」と指摘
作り手の個性が出すぎている
望月氏はこれまで日本各地の美術館や博物館を訪問し、実際の土偶を見て、発掘現場の取材も重ねている。そうした経験から判断すると、「美術の森」の土偶は「作り手の個性が出すぎており、縄文っぽくないと感じてしまう」のだと話す。また、「同館が所蔵する“怪人土偶”は、国宝になっている“仮面の女神”のイミテーションだと思います」と指摘する。
「『美術の森』には有名な“遮光器土偶”を思わせる土偶もありますが、“怪人土偶”の元ネタと思われる“仮面の女神”と“遮光器土偶”の年代には約2000年もの差があります。しかも、北東北地方で多く見られる“遮光器土偶”と、中部高地に多い“仮面の女神”は距離的にも離れています。土偶を見比べても、粘土の質感、模様のつけ方や焼き加減などに作り手の手癖が出ている。要は同じ作風に思える点も怪しいポイントです。
“遮光器土偶”には、磨消縄文という手の込んだ高度な技法を使うことが多い。しかし、『美術の森』の土偶にはそれがなく、手が抜かれているなと思いました。実は土器や土偶は縄文人が自由な発想で作っていると思われがちですが、地域や時期によってルールがあります。フォルムも文様のつけ方も一定の法則があるのですが、『美術の森』の土偶はそういったルールから外れている。ここが見た目で真贋のわかる最大のポイントですね」
実際に博物館などに足を運んでみるとわかるが、国宝や重要文化財になっている有名な土偶は手が込んでいる一方、作風がゆるかったり、あまり上手ではなかったりするものも結構あるためだ。「本来は土偶の真贋の鑑定は難しいんですよ。縄文人も同じ人間ですから、ルールを守らない人も、下手な人もいますから。しかし、今回の土偶に関しては、厳密な鑑定をせずともわかるレベルの代物です」と望月氏が言う。
「『美術の森』の館長は土偶を炭素分析したらいいと言っていました。確かに、日常で使っていた土器なら、内側に炭化物が付着していることがあるので、炭素を使った年代の測定ができます。ところが、土偶の場合はそれが難しいのです。祭祀に用いられたため炭化物が付着していることはほぼありません。焼いたときに黒くなって、煤がついた部分を破壊検査すれば、辛うじてわかるかもしれませんが……普通はそこまでしませんね」
土偶は出土した場所が重要
さらに、「美術の森」の陳列ケースをみると、個々の土偶に解説文がほとんど書かれていない点も気になる。出土地も“青森県”といった具合で、かなりざっくりと書かれている。つまり、青森県の何という自治体の、何という遺跡で見つかった土偶なのかがわかっていないのだ。「こうした出土状況がわかっていない、記録がないものを本物と判定するのは難しいのです」と、望月氏。
「土偶や土器に限らず、考古遺物はどこで出土したのかが重要です。だからこそ、考古学が必要で、発掘調査が重要になってきます。ともすれば美術的な価値ばかりが注目されがちですが、縄文人たちの生活の痕跡や思想がわかる意味でも価値が高いといえます。造形の良し悪しで言うなら、はっきり言って道具も焼き方も進化している現代の作家の方が上手いですよ。
それでも土偶に価値があるといえるのは、それが縄文時代に作られたという歴史的な意味にあります。縄文人の精神世界を表しているものですからね。だからこそ、どの遺跡で、どの時代の層から出たのか、そして何と一緒にどのような状態で出土したのかというバックグラウンドが大事になってくるのです」
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