「収益は1000万円」転売ヤーが有名デパート外商から受け取った“紙袋の中身”とは【驚愕の手法】
推しグッズに限定品、発売前から人気の新商品――需要が供給を上回ると見れば、品目を問わず大量に買い占めては高額で売り飛ばす。それが「転売ヤー」だ。現代社会の新たな病理となりつつある彼らは、いったいどれぐらいの利益を得ているのか。
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「使える物は何でも使う」がモットーの転売ヤーたち。彼らが編み出した希少なウイスキーを定価で手に入れて転売するスキームとは……。奥窪優木氏が転売ヤーたちに密着した『転売ヤー 闇の経済学』に、その手口が詳しく描かれている。(引用はすべて同書より)【前後編の前編/後編を読む】
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ジャパニーズ・ウイスキーで90万円の転売
2023年春、雨上がりの土曜日の夕方、都内湾岸エリアにある某タワーマンションの最上階にあるラウンジで、40代の会社員の田中(仮名)はソファに深々と腰をかけていた。先ほどまで、マンション内のジムでランニングをしていたままのラフな格好だ。そこへ、紺色のストライプスーツを着こなした長身の男性が歩み寄り、「お世話になっております」と深々と頭を下げた。マスクの着用が個人の判断に委ねられたのは約1ヶ月ほど前のこと。彼の口元を覆う白い立体マスクは、ラウンジ内でも目立っていた。
両手にはそれぞれ、有名百貨店Aの紙袋と、革製のビジネスバッグが携えられている。
「わざわざ来てもらってすみませんね、まあどうぞ」
そう田中が応じると、男性は儀礼的な恐縮のそぶりを見せながら、田中の対面の席に座った。
「ぜひお手渡ししたくて」
そう言いながら、紙袋の中から化粧箱を二つ取り出し、テーブルの上に恭しく並べた。
「こちらがお品物です」
二つの化粧箱の側面にはともに、「響」「30年」の文字が記されている。箱の中身はいずれも、高級ウイスキーとして知られる「響30年」なのだ。年間生産が数千本という希少性もあり、転売市場では50万円以上で取引されているシロモノである。
「響」や「山崎」に代表される、日本のウイスキーの価格が高騰し始めたのは2015年ごろからだ。国際的なジャパニーズ・ウイスキー人気と中国人を中心とした訪日ブーム、さらには原酒不足による供給逼迫などが重なり、世界のコレクターたちの収集欲を刺激した。ワインなどに比べて保管もしやすいことから投資対象としても注目されるようになり、定価の数十倍で取引されるものも珍しくなくなった。2022年6月には、米オークションのサザビーズで、2020年に定価300万円で限定発売された「山崎55年」が約8100万円で落札されたことも話題となっている。
「いつもありがとうございます」
田中がそう言うと、男性は二つの化粧箱を紙袋の中に戻して、彼に手渡した。そして、ビジネスバッグの中から一枚の紙を取り出して、「ではこちらにお受け取りのサインを」とテーブルの上に広げた。
そこに商品の代金として書かれてあったのは「352000円(税込)」という数字。
つまり一本当たり17万6000円だ。響30年の当時の正規価格である。
高級ウイスキーを手に入れると、田中が決まって行う儀式がある。化粧箱のまま自室のリビングのテーブルに置き、それを眺めながら角ハイボールを飲むのである。
そして月に1度、買い貯めたウイスキーを持って彼は出かけていく。目的地は車で15分ほどの距離にある高級酒専門の買取店だ。ここで彼は、購入した高級ウイスキーのほぼ全てを売却している。
「響30年」2本とともに「竹鶴25年ピュアモルト」(定価7万円)2本の計4本を持参した際には、約140万円の値がついた。紙幣カウンターを2回通り抜けた1万円札の束が、その場で田中に渡された。購入額を差し引いても90万円ほどの儲けである。
外商制度で希少銘柄を確保
通常、響30年を定価で購入するには、メーカーや小売店が行っている高倍率の抽選販売に当選するくらいしか方法がない。しかも2本も同時に定価で購入できることは、不可能といっていい。
しかし田中は、響に限らず、実勢価格で数十万円という国産ウイスキーの希少銘柄を繰り返し定価で入手しているのだ。
なぜそんなことができるのか。
それは彼が、百貨店Aの「外商顧客」だからである。
外商とは、コンスタントに一定金額以上を消費してくれる「上客」を対象に、顧客の元に出向いて商品を販売したり、注文を取ったりする特別サービスのことだ。店舗の売り場の「外」で「商う」ことから外商と呼ばれる。
外商顧客にはそれ以外にもさまざまな特典が提供される。たとえば、一般客が入れない特別なセールやイベントに招待されたり、外商顧客専用のラウンジを利用できたりといった具合だ。そして、なかでも大きな特典が、「優先販売」である。一般客は手に入れることが難しい限定品や希少な商品も、外商顧客なら優先的に用意してくれることがあるのだ。
田中はこの特権を利用して、相場で50万円以上の響30年を定価で2本同時に購入することができたのである。
彼が百貨店Aの外商顧客となったのは2021年の秋のことだ。その百貨店に入っているお気に入りのアパレルブランドを頻繁に利用しており、ワインや日本酒も購入していたため、パンデミック以前の数年間は、40~50万円ほどをその百貨店で支払っていた。
支払いには、5%のポイント還元を目当てに百貨店発行のクレジットカードを利用していた。
そんな彼の元に、ある日、「特別なお客様限定のご案内です」と書かれた封筒が届いた。外商顧客への招待状だった。それによると、外商顧客となれば、追加の会費なしでポイントの還元率は10%に上がるという。さらに、何も購入しなかったとしても駐車料金が一定時間まで無料。特典に魅力を感じた田中は、招待状に記載されているQRコードをスマホで読み取り、誘導された申込用のサイトで、必要事項を入力した。
「関心のあるお品物」を尋ねる質問に、田中は「紳士服・靴・バッグ」のほか、「時計・宝飾品」、「酒類」にチェックをつけた。
それから数日後、百貨店Aの外商部員を名乗る人物から電話があった。「田中様を担当させていただくことになりました石田(仮名)と申します」。彼こそが、冒頭の田中のタワーマンションに響30年を届けた男性である。
この電話で田中は、石田からさっそく「外商顧客様限定のお品物」をいくつか紹介された。
そのなかで、彼の注意を引いたのは、村尾という芋焼酎だった。特に焼酎好きというわけではなく、この酒も飲んだことはなかったが、入手困難な銘柄でネット上で1升1万円以上で売られていることだけは知っていた。
石田によれば価格はネット上でみた4分の1で1人1本までだという。田中は「買わなきゃ損」だと思い、電話口で注文した。その後、百貨店Aから郵送されてきた村尾を田中は自宅で開栓した。
そして、グラスを傾けながら、あることを思いついた。
百貨店Aの外商から定価で購入した希少酒を転売すれば、儲かるのではないか──。
田中は、定価購入が難しいような希少酒の入荷予定がある際には連絡してくれるよう、石田にメールで頼んだ。
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この記事の後編【ジャパニーズ・ウイスキー転売で「ロレックス」を買う 年間1000万円を稼ぐ会社員の話】では、転売で得た収益のほぼ全てをつぎ込み“わらしべ長者”のごとく高級時計を手に入れる転売のカラクリを報じている。
※『転売ヤー 闇の経済学』より一部抜粋・再編集。