コメだけではなく「海苔」も不作…原因は“綺麗すぎる海”にあり? 「垂れ流しの頃がよかった」漁師の嘆き
「規制」から「管理」へ
こうした動きを受けて、瀬戸法は改正される。まず2015年に一律の規制が見直され、海域ごとの実情に応じた運用が認められた。2021年の改正はさらに踏み込み、府県の知事が栄養塩の管理について計画を立てられると定めた。
兵庫県は、瀬戸法の改正を受けて栄養塩の管理に乗り出す。今では県下の28の処理場が栄養塩管理をしている。明石市に話を戻すと、2008年から栄養塩の管理を徐々に広げて以降、河口や下水処理場に近い沿岸は、黒い海苔が獲れるようになった。けれども、栄養塩が不足する沖合は、依然として色落ちの問題を抱える。橋本さんは言う。
「かつてはめちゃくちゃ栄養塩があって、いろんな種類のプランクトンが海の中でせめぎ合っていたから、栄養塩を食べ尽くさない状態だった。今は、水温が上がったこともあって、大型のプランクトンが単一でバッと広がって、栄養を食べ尽くしてしまう」
何とか貧栄養化を解決したいと、市内の漁協が中心となって農業用の溜め池の搔掘をしている。これは、池に溜まった栄養の豊富な泥をさらって、川に投入する作業だ。栄養の豊富な水が海に達することを狙っている。海苔の養殖場に施肥をするという、直接的な対策も試してきた。数年前から発酵させた鶏糞を養殖場のある海中に投入してきた。
「補助金が出たこともあって、人工的に肥料を入れたらどうか実験をしてたんです。ちょっと生育が良くなったような感じはあるけど、水中で流れてしまうんで。今は肥料の硫安も高いでしょ。なかなか良い費用対効果は出ない」(橋本さん)
佐賀県の試算では、海苔の色落ちの回避による経済効果は数十億円
沖合で栄養塩が不足するため、漁師の間では下水処理の水準をもっと落として栄養塩を出してほしいとの声が強い。処理場としても応えたいところだが、一自治体の取り組みとしては限界に近づいている。
「水質の汚れを示す指標のBOD(生物化学的酸素要求量)とか、あとは大腸菌群数っていう規制値もあります。そういうものを守ろうとすると、今ぐらいが限界なのかなっていうところに来ていますね」(杉山さん)
法律上の規制の限界に加え、処理方法自体に備わる限界にも近づきつつある。
漁協と法律、処理方法の限界の間で、処理場は板挟みになっていた。本来、こうした問題は国ぐるみで考えていくべきだろう。国交省によると、2022年度の時点で愛知県から佐賀県にかけての34都市、60の下水処理場が栄養塩を管理(排出量の調整)している。
明石と同じく海苔が有名で、この取り組みの嚆矢となったのが有明海だ。佐賀県は、施肥や栄養塩の管理などで色落ちを回避する直接的な経済効果は最大で数十億円に上ると試算している。栄養塩の添加によって漁業者の生産意欲を維持できるので、間接的な経済波及効果はより大きくなる。
愛知県の三河湾も、海苔やアサリ、イカナゴの不漁から管理に乗り出した。肥料価格が高騰するいま、海に施肥をするのは高くつく。栄養塩管理で漁獲をある程度元に戻せるなら、それに越したことはない。
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この記事の後編では、引き続き『ウンコノミクス』(集英社インターナショナル)より、蓋なしの滑車で屎尿を運んでいた西武鉄道の「黄金列車」や、現在は下水道になっている童謡「春の小川」のモデルとなった川など、知られざる日本の「ウンコの歴史」を取り上げている。



