コメだけではなく「海苔」も不作…原因は“綺麗すぎる海”にあり? 「垂れ流しの頃がよかった」漁師の嘆き

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屎尿垂れ流しの時代のほうが…

 きれいなことは、いいこと。安易にこう考えてしまいそうだが、そうではない。人間は海から漁獲物を得る。獲った分に相当する栄養を戻さないと、海は貧栄養になる。瀬戸法は、窒素やリンといった植物プランクトンのエサになる「栄養塩」が水質汚濁の原因になるとみなし、その排出量に上限を設けて規制していた。

 汚水や廃液を出す事業者に対し、「水質汚濁防止法」で定めるよりも厳しい排水の基準を設けた。今はというと、この栄養塩を必要とする海苔やワカメが生育不良に陥っている。

「公害が問題になった昭和40年代は、瀬戸内海をきれいにしてくれって、漁民がみんな水質保全の運動をやったんです。それが今は、栄養がない海になってしまった。きれい過ぎる海に魚は棲まないから」(橋本さん)

 かつての豊かな海を取り戻せないか。漁師たちが注目したのが、下水の力だった。

「公害の時代の海はさすがに汚すぎたんですけど、それよりも昔だと、下水道もなくて、屎尿は垂れ流しだったじゃないですか。ああいう状態の方が、養殖には良かった。海も豊かだったと思いますよ」

 2000年代に入って、明石市の漁師の間で、栄養塩の不足が知られるようになっていく。熊本県や佐賀県の一部の下水処理場は当時、下水の処理水に含まれる栄養塩類の濃度をあえて高いままにする「栄養塩管理運転」を実践していた。これは、浄化処理の水準を意図的に下げるということだ。

「下水道なしではもう生活できないから、下水処理をするのはしゃあない。そうなると、処理した後の栄養塩の数値を上げてもらうしかない」(橋本さん)

 明石市の下水処理場でもこうした柔軟な運転をできないか。市内の漁協で2008年7月に市役所に要望を出した。

下水処理の常識と真っ向から反すること

 要望を受けた明石市は、同年10月、二見浄化センターで栄養塩の管理運転を試験的に始めた。その後、徐々に広げて今では市内の4つの処理場でこうした運転をしている。

 その一カ所が、江井ヶ島漁協から車で5分少々のところにある大久保浄化センター。1996年にできたここは、市内で最も遅くに整備された処理場である。実は、その整備に強硬に反対したのが漁師だった。

 その漁協が後に、栄養塩を浄化し過ぎずに出してほしいと要望することになる。瀬戸内海をめぐる変化は、なんとも目まぐるしい。

 同市下水道室水質担当課長の杉山真吾さんは言う。

「下水処理場は汚水をきれいな水に処理する施設だという認識がもともとありました。それが、漁業関係者の間で、処理場が水をきれいにし過ぎだという方向に、ガラリと考え方が変わっていって。もっと栄養塩を含んだ水を出してほしいとなって、今に至ります」

 大久保浄化センターの処理は、活性汚泥法を採用している。これは、空気(酸素)を好む微生物によって汚れを浄化する方法だ。微生物が汚れを食べて水を浄化するイメージである。この処理では、栄養塩として重要な窒素も処理されて減ってしまう。

「窒素成分の分解を最小限にしながら汚れを取っていく感じです。微生物の活動を活発にして汚れ成分を分解してもらうために、処理中の反応タンクに空気を送り込むんですけど、それを少し緩めるんですね」

 杉山さんがこう説明する。浄化の程度を下げるというのは、下水処理の常識と真っ向から反することだった。

「それをすると、水質が法律の基準を守れなくなる恐れがあるんで、下水を処理する立場の人間からすると、すごい躊躇することだったんです。何とかやってほしいという要望があったので、踏み切ったということです」

 もともと、海苔の養殖で色落ちが問題になりやすい冬場に合わせて、季節限定で栄養塩管理運転をしていた。それが、春先に獲れるイカナゴの不漁も貧栄養化が影響しているということになり、年間を通じた運転に切り替えた。栄養塩を放出する下水処理場に近いほど、海苔の色落ちは抑えられている。

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