昭和的「人情」と令和の「孤独」が交差 築45年団地が舞台のドラマ「しあわせは食べて寝て待て」が示す“再生”の処方箋
団地が舞台の理由
前評判は高くなかったNHK「ドラマ10 しあわせは食べて寝て待て」(火曜午後10時)が人気を集めている。脚本には金言が並び、映像も凝っている。クオリティという点では春ドラマ屈指に違いない。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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「しあわせは食べて寝て待て」の主な舞台は築45年の団地。主人公・麦巻さとこ(桜井ユキ)はその一室を借り、1人で暮らしている。
舞台が築古の団地という点は「団地のふたり」(2024年)と同じだ。2つのドラマはストーリーもテーマも全く異なるが、双方とも団地を舞台にしたのはどうしてか。
団地を舞台とする最大の効用は、昭和という時代の美徳だった人情や助け合いの精神、お互い様意識が描きやすいことにある。どちらのドラマにもこの3要素は欠かせない。
人情などは今も存在するが、瀟洒な住宅街やタワーマンションを舞台にすると、説得力を出しにくい。ドラマに登場する団地には昭和と令和を隔絶する結界が存在する。
麦巻は38歳、独身。勤務先は従業員4人の小さなデザイン事務所。週に4日、パートで働いている。
働く時間が限られているから生活はかなり苦しい。追い打ちを掛けられるように、賃貸マンションが更新期を迎えた。更新料は11万円。第1回のことだった。
「引っ越すしかないかぁー。この部屋を出るのはマンションを買うときだと思っていたんだけどなぁ」(麦巻)
麦巻は膠原病なのだ。発病からそう時間が経っていない。この病気は人によって症状が違う。麦巻の場合、寒いとたちまち風邪を引いてしまう。ストレスなどにも弱く、すぐ発熱し、関節が腫れる。今の仕事に就いたのもこのためだ。
新しい住まいを探し始めた麦巻が、不動産屋から紹介されたのが家賃月5万円の団地である。内見に出掛けたところ、その日も風邪で頭が痛く、喉も腫れていた。
そこへ表れたのがこの部屋の持ち主・美山鈴(加賀まりこ)である。隣室に住んでいる。鈴は具合の悪そうな麦巻を見て心配した。
「お構いなく。風邪気味なだけですから…」(麦巻)
「あら、大変。ちょっと待っててね」(鈴)
鈴は自室に駆け戻った。助け合いの精神を発揮しようとしていたらしいが、麦巻はたちまち嫌になる。「人との距離が近い生活はちょっと……」と不動産屋に漏らす。個人主義、自己責任で生きてきたのだから、仕様がない。
再び麦巻の前に現れた鈴が手にしていたのは大根の切れ端。麦巻は面食らった。しかも鈴から「かじって」と言われたから、余計に驚いた。
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