昭和的「人情」と令和の「孤独」が交差 築45年団地が舞台のドラマ「しあわせは食べて寝て待て」が示す“再生”の処方箋

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昭和と令和を1度に見せる

 鈴によると、大根は喉の炎症を和らげ、頭痛も治すという。麦巻が半信半疑で大根をかじってみると、本当に効果があった。

「治りました!」(麦巻)

 鈴は同居人の羽白司(宮沢氷魚)が用意する薬膳を食べることによって、90歳になった今も意気軒昂だった。大根の切れ端も立派な薬膳である。

 麦巻はほかに体を温めるショウガ入り鶏肉スープなどをご馳走になり、たちまち薬膳のトリコになった。主治医の賛成もあって、麦巻は自分も薬膳づくりを始める。体調改善の望みを託す。団地暮らしも決めた。

 結界の内側に位置する団地の住民は大半が善人だ。八つ頭仁志(西山潤)は対人関係が大の苦手で5年間の引きこもり生活を送っていたものの、社会問題に詳しく、心優しい青年である。

 家族の食事づくりに疲れ、それによってベジタリアン志向になった反橋りく(北乃きい)も温かい。職場では同僚のミスを黙々とカバーする。八つ頭の引きこもりについても「人生にはそういう時期もあります」と深い理解を示す。

 もっとも、これで済んでしまっては、団地というユートピアを描く癒やし系ドラマの1つに過ぎなくなってしまう。それでは古いし、人気は出なかっただろう。このドラマは凡百なほっこりドラマとは一味違う。

 結界の外側には過酷な現代社会をつくってある。麦巻が以前勤めていた建設会社を辞めた背景には後輩社員・吉澤里奈(矢野優花)による陰湿な嫌がらせがあった。

 麦巻が膠原病で長期欠勤し、復職したところ、酷い陰口を叩かれた。吉澤は体調が万全ではない麦巻のフォロー役だった。

「麦巻さんは時短出勤。私は休日出勤。まともに働けないのなら、来るなっていうの」(吉澤)

 麦巻のパソコンには大量の求人メールが送られてきたが、これも吉澤の仕業。麦巻はストレスが溜まり、主治医が心配するほど体調が悪化する。これによって退職。麦巻は吉澤によって職場からいびり出されたのである。

 だが、ここで考えさせられる。吉澤だけが悪党で済ませていいのだろうか。このドラマはそんなに単純ではない。

 会社が先を争うように成果主義を導入し、給与や評価に個人差が生まれたのは1990年代後半以降。一方で会社や職場の一家意識や連帯感が薄らいだのも同じ時期からだ。

 吉澤はフォロー役に過ぎないから、会社から高い評価は与えられないはず。損な役回りを押し付けられたと思ったのではないか。吉澤も会社に押し潰されたと言えなくもない。

 このドラマは結界の内側である昭和と外側の令和を1度に見せることにより、それぞれの良し悪しの判断を観る側に突き付けている。どこを修正すべきなのかを問い掛けている。

 昭和が良い時代だったと思う人は少ないだろう。パワハラ、セクハラなどの理不尽が職場内のあちこちにあった。一方で令和が素晴らしいと思う人もそういないのではないか。自己責任と成果主義の下、麦巻のように病気を患ったら、置いていかれがちだ。

 また、今の麦巻は無理をして働いているが、それでも僅かな金銭に困っている。

「たった数百円に一喜一憂する人生がこれからも続くのかなぁ」(第2回、麦巻)、「ずっと曇でときどき雨が上がるような人生かぁ」(同)

 パートとはいえ、精一杯働いている人がここまで困窮するのは異様と言わざるを得ない。普段はそれを不思議に思わない社会になっていることに気づかされる。

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