日本人が知らないトランプ関税“ウラの理由”…「メキシコ」「カナダ」「中国」を槍玉に挙げた背景に“今そこにあるドラッグ危機”

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第2回【薬物汚染に陥ったアメリカで暗躍する「メキシコ・カルテル」という黒幕 「1錠で命を奪う」悪魔の錠剤が蔓延するまで】の続き

 今年1月に政権に返り咲いたトランプ大統領。就任するや否や「フェンタニルで多くのアメリカ人が殺され、家族が崩壊している。アメリカにフェンタニルを流入させているメキシコ、カナダ、中国には大幅な追加関税を課す」と宣言するとともに、強烈な不法移民対策に着手した。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

 4月11日には「不法移民の“自主退去”キャンペーン」なるものを発表。不法移民が自発的に国外退去した場合には将来、合法的に再入国できるとする、実効性がよく分からない施策を進めようとしている。そして、アメリカを中心とした産業構造の変化や財源の確保、あるいは中国の孤立化を目論んでいるのか、相互関税をはじめとする大統領令を乱発し、世界を翻弄している。

 トランプ大統領の言動に関する評価は筆者の専門外であるためコメントは控えるが、気になるのはフェンタニル対策だ。DEAなどが進める、予防から密輸対策までの強化、各自治体の薬物教育や、依存・中毒治療の強化や拡充はとても勉強になる。しかし、トランンプ政権自体は具体的な政策を挙げていない。ロイター(4月8日)よれば「密輸の取締りのため、メキシコ・カルテル対するドローン攻撃(空爆)を検討している」とトランプ大統領が発言したとのことだが、確かに凄い発想だと思った。しかし、結局は脅しであって対策とは言えない。気持ちは分かるがメキシコはたまったものではないだろう。

名指しされた3ヵ国それぞれの事情

 では、悪役と名指しされた3ヵ国はどう反応しているのだろうか?

 メキシコは経済制裁が怖いのか、1万人の兵士を北部国境に派遣。密入国と密輸対策を強化するとともに、逮捕したカルテルの構成員をアメリカに引き渡すなど、かなり真摯に応じている。だが、内心は「次から次に無茶を言うな。この国でも麻薬戦争で一般人を含む50万人が命を落としている。抗争や殺害に使われる武器は全てアメリカから流れてきている。この武器が麻薬組織という反政府組織を巨大にしてしまったのだ。アメリカの武器密輸出に対する対応は甘すぎる。同時にアメリカ国内の薬物対策をもっと進めるべきではないのか」と思っているのでないだろうか(筆者の勝手な想像だが……)。

 カナダは「いきなり何を言いだすのだ。これまでもカナダは国境警備や治安・薬物対策に積極的に取り組んできた。米国で発見されたフェンタニルのうち、カナダ経由のものは、ごく僅かにしか過ぎない」と反論したものの、24時間体制での国境監視、フェンタニル対応責任者の任命、麻薬カルテルのテロリスト指定など、所用の対策を強化するとし、これまた敏感に反応している。

 残る中国とは言うと、「フェンタニル問題の根源は米国内部にある。米国がフェンタニル問題を口実に中国からの輸入品に追加で関税をかけることは的外れだ」と指摘。フェンタニル関連物質及びその前駆化学物質に対して厳格な管理を実施し、国連によって指定されたフェンタニル関連物質は国内で規制対象としている。モニタリングと監視も進めており2019年5月に取締りを包括的に実施して以来、中国ではフェンタニル関連物質を海外に密輸・密売するケースは確認されていない。2024年6月までに、「14万件以上の薬物関連の違法な広告をブロックまたは削除し、オンラインプラットフォームに是正または閉鎖を求めている」などと強く反論している。

 この3ヵ国の反応は、アメリカとの力関係をそのまま反映しているように見える。これを機にアメリカ向けのフェンタニルの密輸に対して、より真剣に取り組むのは事実だろう。しかし、急性期にある今のアメリカの薬物被害を軽減する措置には繋がらないような気がする。フェンタニルを抑えても次のオピオイドが出てくるし、使用者が減るものではない。

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