薬物汚染に陥ったアメリカで暗躍する「メキシコ・カルテル」という黒幕 「1錠で命を奪う」悪魔の錠剤が蔓延するまで

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メキシコ・カルテルとフェンタニル

 メキシコ・カルテルは、アメリカやヨーロッパに何百トンものコカインを密輸し、欧米を“コカイン漬け”にしたかと思うと、今度は覚醒剤の密造・密輸を始め、ついにはフェンタニルにまで手を出したのだ。

 彼らはアメリカで社会問題化した「オキシコンチン」の蔓延という千載一遇のチャンスを見逃さなかった。直ちに反応を示し、中国の関係組織からフェンタニルやカルフェンタニル(※フェンタニルの類似体で効果はフェンタニルの100倍。アメリカでは大型動物の麻酔薬として使われている)を仕入れ、オキシコンチンの成分である「オキシコドン」錠剤の模造品を作り始めた。

 オキシコドンは「オキシコドン錠剤」として販売されていたため、錠剤のロゴまで偽造して密輸・密売ルートに載せたのだ。これを真似たのがカナダの密造組織だ。トランプ大統領がメキシコのみならず、カナダについても“フェンタニル密輸出国”と非難するのはこのためである。ただ、カナダ国内でもフェンタニルが消費されているため、アメリカへ流れる量はさほど多くないと言えよう。

 錠剤を製造する「打錠機」は正規に販売されており、中国からアリババやeBayといったネットサイトを通じて輸入したと聞く。打錠機は1時間に1万~2万錠を製造可能でカナダの捜査機関が押収した打錠機は、錠剤の大きさや形状、刻印も変更可能な“打ち型”が内蔵されていたという。処方薬オキシコドンのロゴ、例えばMとか30、CDNや80と刻印された錠剤も多数発見されている。

「1錠で命を奪う」

 模造錠剤はフェンタニル粉末に乳糖などの粉末などを加えて製造するが、いい加減な混合をすると高濃度となる部分が生じる。これを“ホットスポット(Hot Spot)”と呼び、1錠に致死量の2ミリグラム以上のフェンタニルを含有することも珍しくない。これを摂取するとどうなるか? 端的に言えば「死ぬ」。現在、DEAが進めているフェンタニル予防キャンペーン「The One Pill Can Kill Campaign=1錠で命を奪える(奪う)キャンペーン」の意味がよく理解できる。

 このような経緯でメキシコ・カルテルはフェンタニルの密輸を始めたが、中国がフェンタニル類を順次規制(19年5月までに計25種類)してゆくと、その都度、規制外のプリカーサー(前駆化学物質)を仕入れて、自分たちで密造するようになる。つまり、専門家を雇用し“密造レシピ”をすでに作り上げていたのだ。フェンタニルの密造には、覚醒剤やヘロインのような大規模施設は不要。街なかであっても防護服さえ準備できれば密造可能で、それこそ普通の一軒家でも構わない。

 当初はフェンタニルという名称を伏せて商品価値のあるオキシコドン錠剤やヘロイン、または睡眠薬として密輸していたが、現在はフェンタニルとして堂々と密輸している。ちなみにメキシコでフェンタニルがまん延しているのかというと、実はそうではない。若者たちの間では大麻と覚醒剤がメジャードラッグとして使われている。そちらの方が安価で手軽に買えるからだ。

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