薬物汚染に陥ったアメリカで暗躍する「メキシコ・カルテル」という黒幕 「1錠で命を奪う」悪魔の錠剤が蔓延するまで
第1回【すでに“50万人”以上が犠牲に…いまアメリカを襲う“史上最悪の麻薬危機” フェンタニルが全米を席巻するまでの麻薬汚染の実態とは】の続き
史上最悪の麻薬危機「オピオイド禍」から脱却できないアメリカ。超大国はなぜ薬禍に蝕まれてしまったのか――。その背景を知るべく過去の麻薬汚染の歴史を掘り下げていきたい。
1980年代に隆盛した“クラック・コカイン”ブームは官民挙げての撲滅運動によって幕を閉じたわけだが、一方で、コカインの密輸と乱用が収束することはなかった。これは現在のフェンタニル(強力な合成オピオイド鎮静剤)と同じ構図だ。そう、メキシコ・カルテルが台頭してきたのだ。コロンビア・カルテルの勢力が弱まってくると、メキシコ・カルテルがここぞとばかりに薬物密輸の利権を手中にする。結局、“ブツの卸元がメキシコ組織に移り、危険なクラックが元のコカインに戻っただけ”という皮肉な結果を生んでしまったのだ。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】
【写真】厳重に梱包されたコカインには、禍々しい“サソリ”の刻印が…「1錠で命を奪う」フェンタニルの恐ろしさを伝える衝撃的なキャンペーンも
中南米では、薬物犯罪組織を「カルテル(Cartel)」と呼ぶ。語源はドイツ語で経済用語の企業連合という意味の言葉だが、いつの間にか薬物用語に転じて大規模な薬物犯罪組織の名称に使われるようになった。
メキシコ・カルテルは国内で生産したヘロインと大麻の密輸を生業としていたが、これに最大の利益をもたらすコカインが加わる。そして、世界最大のドラックマーケット・アメリカにコカインをばらまき続けることで、巨万の富を築くことになった。
ご存じの通り、アメリカとメキシコの国境は東西約3100キロメートルに及び、毎年3億5000万人以上が合法的に越境している。アメリカ国内に潜伏する不法移民の数はメキシコ系だけでも約405万人にのぼるとされ、なかにはカルテルの構成員や協力者も紛れ込んでいる。彼らはカリフォルニアやテキサス州を中心にドラッグの密輸・販売経路を確立したのだ。
道路わきの欄干に吊るされた遺体
空路や海路に加えて地下トンネルまで駆使しており、梱包したコカインをそのルートに載せるだけで密輸はさほど困難ではなかった。とりわけ、アメリカ西海岸のカルフォルニア州サンディエゴと接する、メキシコはバハ・カリフォルニア州のティファナ(Tijuana)、さらに、テキサス州のエル・パソと接するシウダー・フアレス(Ciudad Juarez)。このふたつの国境の町は、密輸や密入国の最先端として利用され、今でもこの地域の利権をめぐってカルテル同士の過激な抗争が続いている。
2015年公開のエミリー・ブラントとベニチオ・デル・トロ主演のクライムアクション「ボーダーライン」にシウダー・フアレスが登場する。“カルテルに殺害された敵対組織の構成員や、一般人の遺体が見せしめとして道路わきの欄干に吊るされている。国境付近では顔面や首に入れ墨を彫ったカルテルの構成員が米国の捜査官を襲撃し銃撃戦が始まる”これは映画の一場面とはいえ、観ていて久しぶりに身体が震えた。
余談になるが、コロナ明けにエル・パソへと調査に出向いたことがある。案内してくれた友人の元連邦捜査官に「国境を越えてフアレスの夜を調査してみたい」と口にすると「バカなこと言うな! 映画のとおりだ。毎日人が殺されている。おまえらはよそ者だ。タバコを見せただけでもベガー(beggar/物乞い転じてタカリ)に襲われるぞ」と激昂されたことを思い出す。本当に危険な地域だったのだろう。
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