「僕は忘れられたゴルファーだった」 マスターズ惜敗でも“最高にイイ奴”だった「ジャスティン・ローズ」は復活した元天才少年

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諦めずに歩み続けた一歩一歩

 以後、欧州ツアー(現・DPワールドツアー)で初優勝を挙げるまでには4年、米国拠点のPGAツアーで初優勝を挙げるまでには実に12年を要した。2010年メモリアル・トーナメントの優勝インタビューで、ローズがしみじみ口にした言葉は、今でも私の胸に刻まれている。

「僕は忘れられたゴルファーだった」

 鳴り物入りでプロデビューしたとき、自分に向けられていた眩しいスポットライトは、あっという間にすべて消え去り、誰も振り向いてくれない暗い道を黙々と歩いた日々。そんな淋しい毎日の中で、ローズは「孤独」の意味を感じ取ったそうだが、同時に彼は「マイナスをプラスへ変える楽しさも知った」と言っていた。

「平凡で退屈な日々。孤独な日々。でも、そこで刻む一歩一歩が、じわじわ効いてくる」

 初優勝後は毎年勝利を重ね、2013年全米オープンでメジャー初制覇を果たした。2016年リオ五輪では金メダルを獲得。近代五輪史上初のゴルフのゴールドメダリストとなった。2018年秋には世界ランキング1位に輝いた。

 元天才少年は、期せずして光が当たらない日々を味わったが、プロゴルファーとして報われない人生を送ってきたわけではない。自身の言葉通り、諦めずに歩み続けた一歩一歩が、じわじわ効いたということなのだろう。人も羨む数々の功績は、彼が自力でマイナスをプラスに変えた証しである。

妻と手作りのチャリティ活動

 落胆も孤独も、それらを喜びに変える楽しさも味わったローズは、だからこそ、周囲に向ける視線がとても優しく、きめ細かいのだと思う。

「もしも僕が十分な食べ物を得ることができず、十分な栄養を取ることができない環境にあったら、いいゴルフなどできるはずがない。そう考えると、社会の片隅で貧困や飢えに苦しみ、きっちり食事ができない子供たちは、いい学習など、できるはずがない」

 ある日、そう思ったローズは、愛妻ケイトとともに「ケイト&ジャスティン・ローズ財団」を創設。米フロリダ州の子どもたちをPGAツアーの試合会場に連れていく。だが、ゴルフを観戦させるというよりは、「広いゴルフ場を歩き、芝の上に座り、太陽の光を浴びる楽しさを味わってもらいたい」からだ。

 州内の自宅近隣の小学校を頻繁に訪れ、子どもたちと野菜を作り、一緒に収穫し、一緒に調理し、一緒に味わう「グリーン・プロジェクト」も長年続けている。

 そんな手作りのチャリティ活動は、ローズ夫妻にとっては、ゴルフの試合とは別のライフワークだ。そこで見せる彼の笑顔は、試合における勝敗とは無関係の永遠のスマイルだ。それが、ローズの何よりのエネルギー源になっている。

 ローズにとってマスターズ制覇は悲願ではある。だが、その悲願が叶っても叶わなくても、ローズの視線は常に優しい。

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