「なぜ泣けるのか」が全部つながる朝ドラ「あんぱん」 “伏線と回収”で魅せる中園ミホの脚本力とは
俳優集めも脚本家の力
朝ドラ史上に残る名作になるのではないか。NHK連続テレビ小説の新作「あんぱん」のことである。ドラマ界の栄誉である向田邦子賞と橋田賞のダブル受賞者・中園ミホ氏(65)の緻密な脚本、その脚本と演出陣を信頼して参加した豪華出演陣の演技、朝ドラ5作目となるベテラン・柳川強氏(61)の演出。いずれも出色だ。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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【写真】「51歳に見えない」と言われる女優も “豪華すぎて二度見するレベル”の出演者たち
代表作にフジテレビ「やまとなでしこ」(2000年)や朝ドラ「花子とアン」(2014年度上期)などがある中園ミホ氏による脚本が傑出している。
今田美桜(28)が演じる主人公・朝田のぶ(幼少期 ・永瀬ゆずな)の祖父・釜次を演じる吉田鋼太郎(66)も中園脚本をこう絶賛する。吉田はキャリア40年以上の日本を代表する演劇人である。
「彼女の脚本の魅力は分かりやすさ。奇をてらわずに飽きさせないって、すごいことですよね。展開は予期していても、胸がジンとなり、考えさせられる。とても奥深い物語です」(『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説「あんぱん」』)
吉田の中園作品への登場は4作目。視聴者の中からは「『あんぱん』は出演陣が豪華で優遇されている」といった嘆息も聞こえるが、朝ドラの制作費はどれも同じ。ギャラの総額も一緒である。
俳優たちは脚本家や演出陣を見て、オファーを受けるかどうかを決める。北村匠海(27)が扮する柳井嵩(幼少期・木村優来)の実母・登美子役の松嶋菜々子(51)が、「やまとなでしこ」でブレイクしたのは知られている通り。松嶋は中園氏を信頼している。良い俳優を集められるかどうかも脚本家らの実力なのである。
中園氏の脚本がどう優れているのか。まず1回完結で、放送のたびに視聴者に一定以上の満足感を与えながら、描かれるエピソードが後のストーリーと結びついている。それが決して矛盾しない。エピソードはみんな布石なのである。
たとえば第1回の冒頭、のぶは御免与駅まで全力疾走した。加瀬亮(50)が演じる商社マンの父親・結太郎が帰宅するからだ。のぶは結太郎を見つけると、こぼれんばかりの笑顔を見せた。ドラマの開始から1分ほどで、のぶは結太郎が大好きであることが知らしめられた。
結太郎は第4回、心臓発作によって急死するが、のぶは涙が一滴も出ない。信じられない、信じたくないからだ。のぶが結太郎を大好きであることは既に視聴者に伝えてある。
次の第5回。のぶは再び御免与駅まで走った。結太郎が列車から降りてくると信じていたためである。結太郎がいないなんて非現実的なこと。だから涙が出ない。
だが、結太郎は汽車から降りてこなかった。のぶは先に御免与駅に来ていた嵩から、自分と結太郎が駅で今生の別れをした際の絵を渡される。すると、やっと現実を悟り、慟哭した。嵩も自分を捨てた登美子が帰ってくるのを駅で待っていた。
帰るはずのない父親を迎えにいった少女、戻るアテのない母親を待つ少年。幼い悲しみが重なった。その場として人影のない小さな駅を選んだのが効果的だった。
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